インタビュー&コラム

Lead Article

基礎基本、課題解決能力とICTの関わり
~諸外国の実践事例から~

東京工業大学 教授
赤堀 侃司

(2008/10掲載)

赤堀先生には、本Webサイト上で、世界各国のIT事情を紹介していただきました。それは、赤堀先生が実際に訪れた国々、中国韓国シンガポールアメリカフィンランドニュージーランドなどの最新のIT教育の実情とICTを活用した授業実践でした。今回は、そこから発展し、日本における教科の基礎基本や課題解決能力とICT活用について寄稿していただきました。

メディアと教育との関わりの変遷

 1960年代に、教育の現代化運動が起きた。旧ソ連が人工衛星を打ち上げて、お茶の間のテレビで、人類が始めて月の裏側の映像を見たとき、人々は驚嘆の声を上げた。その声は、科学技術への賛美であり、勝利宣言でもあった。科学技術は人々を幸福にする鍵であり、人々はその恩恵を受けることを願った。
 それは、家電製品となって日常生活に現れた。家電製品が人々の生活を豊かにし、日本は高度成長を目指して駆け上がった。その波は、教育にも押し寄せた。ソ連に遅れを取ったアメリカは、科学教育だけでなく、教育の科学化が遅れていると省察し、教育の現代化運動を起こした。その現代化運動は、カリキュラムだけでなく、メディアも含まれていた。OHP、ビデオ、放送など、放送や視聴覚機器をいかに教育に活用するかという視点で、運動が展開された。それは、効率化、システム化の考え方を教育に適用する試みでもあった。
 コンピュータが1980年代に教育に導入され、1990年代にインターネットの教育利用が始まった時に、メディアと教育の考え方は、大きく変わった。いかに効率よく教えるか、から、それを受ける子ども達が、いかに学ぶか、その学びをいかにメディアが支援するかに、視点が移った。メディアの使い方から、メディアを使う人間に比重が移った。視聴覚教育、放送教育、コンピュータ教育などは、手段としてのメディアを冠にした教育用語であったが、インターネット教育とは呼ばなかった。インターネットは、知識や情報の宝庫である。それが、知識の宝庫になるのか、ゴミになるのか、有害情報になるのかは、情報を受ける人間の能力に依存するのではないか、という視点になった。日本では、この能力を、情報活用能力と呼んで、その能力を育成する教育を、情報教育と呼んだ。
 このメディアという手段から、人間の能力に移った時、メディアと教育の関わりは、2つの方向を持った。1つは、メディアをいかに有効に活用するか、それがICT利用教育であり、他方は、メディアをいかに正しく使うか、その能力をいかに育てるか、それが情報教育である。広義には、両方をまとめて情報教育と呼ぶこともあるが、正確には、上記のような区別をしている。それは、メディアと教育の変遷から生じている。

 

諸外国の授業実践からの示唆


 私は、ここ数年間に、アジア、北欧、北米などの学校の現場を訪問して、ICTの活用や、情報教育の取組を見てきた。そして、それが大きく2つに分類されることに気がついた。1つは、ICT利用教育であり、それは主に教科の学力を向上させるため、教科の目標を達成するためであり、他方は、情報活用能力の育成であり、その目的は、総合的な能力、課題解決能力をいかに育てるか、それを教科とクロスして実施するかであった。それを、図1に示す。

 

 教科の目標を達成するためにICTを用いることは、掛け軸、スライド、OHP、ビデオなどを用いることと同じであり、道具としての活用である。 それは、いかに「わかる授業」を実現するか、その手段であった。教師の仕事の中心は、優れた授業を創り出すことである。その意味では、ICTの活用は、授業デザインと強く結びついている。同時に、それは、教師の意図が強く、子どもの主体性、子どもからの発想や疑問をどう表現させるかが、課題になっている。それは、中国などの徹底的な効率を目指す授業形態を見ると、納得できる。同時に、それは、学力などの目標を、効率的に達成しやすい。アジア諸国は、理科数学の国際学力比較であるTIMSSで上位にランクされているのは、この理由ではないだろうか。
 他方、課題解決能力の育成は、自ら課題を見つけ、問題を分類し、必要な情報を収集し、分析し、整理して判断し、結果をまとめ表現するというプロセスを考えれば、情報活用能力と強く結びついている。したがって、情報教育は、課題解決能力の育成も目指していると言っても過言ではないだろう。それは、将来を見据えた能力である。
 先に述べた、インターネットが登場して、人々は、いかに正しく情報を判断し、正しく発信し、正しくコミュニケーションするといった〈情報リテラシー〉とも呼ばれる能力が、重要であることに気がついた。インターネットは、手段ではなく、知識そのものであり、子ども達自身が選択し収集することができるので、その選択や収集や判断する能力の育成が求められたのである。
 その能力は、小中学生だけでなく、大人であっても、求められる能力であった。情報社会で生きるために必要な能力である。したがって、情報リテラシーと呼ばれることもある。そのためには、ルールが必要であり、自ら規律を守る力が求められる。北米などの社会では、その規律は、子どもと学校との契約によって、なされていると思われる。子どもは、ルールを破ると、厳しい罰則が科せられるが、それは、子どもと学校との契約だからである。今日、日本の教育課程では、ICT利用教育と情報教育、すなわち、教科の基礎基本と課題解決能力の両方を、目標として掲げている。

 

赤堀 侃司 先生 プロフィール

東京工業大学 教授

【略歴】

昭和19年7月21日 広島県呉市生まれ
静岡県高等学校教諭、東京学芸大学講師、助教授、東京工業大学助教授を経て、平成3年3月から現職
平成6年 カリフォルニア大学アーバイン校コンピュータ科学部客員教授
東京工業大学・教育工学開発センターおよび大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻教育工学講座に在籍
国連大学高等研究所客員教授、(財)コンピュータ教育開発センター理事長などを兼任
各種委員等は、文部省、青少年を取り巻く有害情報環境対策に関する調査研究協力者、研究開発学校企画調査協力者会議の協力者 など

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