新学習指導要領によって、改めて子どもたちが身に付けるべき資質・能力の1つとして「情報活用能力」が取り上げられ、こうした力は国語科だけでなく、各教科において言語活動を通して養われることが重要とされた。各教科ではそれぞれの指導事項を身に付ける必要がある中でどのように情報活用能力を養えば良いのか。従来より理科の授業で言語活動を大切にされている鳥取県岩美町立岩美中学校・岩﨑有朋先生の授業を取材した。
授業のポイント
- iPadアプリケーションを使用して学習した知識を分類・整理・階層化
- 2人1組の活動で、対話の基礎である人間関係を築く
本時の目標は「植物が生き抜くための様々な工夫を、体のつくりや働きと関連付けて説明できるようになること」だ。1年生の生徒たちは、植物のしくみやはたらきについて学んできた知識を使い、単元のまとめとして聞き手が納得できるような説明のストーリーを考える。2人1組でiPadアプリケーション<E-VOLVOX>を使い、プレゼンテーション資料をまとめていく。
①到達してほしい姿を具体的に投げかける
授業の始めに岩﨑先生から生徒に向けて提示された課題は、「動けない植物は、芽を出したその場所で生き抜くために、どのようなしくみを持ち、どのような工夫をしているのだろうか」というものだ。岩﨑先生はさらに、より分かりやすい説明になるよう、動物と植物のもつしくみや、そのはたらきを比較しながら説明するよう具体的な指示を加えた。
また、活動を行うにあたり、岩﨑先生から「筋道を立てて相手に分かるような説明のストーリー作りを心掛けること」「ペアやグループで考えをすり合わせ、互いに納得してから作業を進めること」という2点についても心掛けるよう投げかけがあった。
②自分の考えをもつ
生徒たちはまず、植物のしくみやはたらきが伝わるようなストーリーを自分なりにワークシートにまとめた。生徒は教科書をじっくり読みながら言葉を抜き出したり組み合わせたりしてストーリーを作っていく。個人の思考をしっかりと固めておくことで、その後のペアで意見交流が活発になるという。
③iPadを使ってプレゼンテーション資料を作成
<E-VOLVOX>編集画面
個人で作成したストーリーを基に2人1組になり、植物が生き抜くための工夫について、聞き手が納得できるような説明のストーリーを考えながら、プレゼンテーション資料を作成していく。
今回プレゼンテーション資料の作成に使用したのは、iPadアプリケーション<E-VOLVOX>である。<E-VOLVOX>は思考の整理・分類から階層化、発表を支援するアプリケーションだ。プレゼンテーションのスライドに相当する「プレート」には、文字や写真を自由に挿入でき、それらをテーマごとに繋げたり、下のレイヤーに落としたりすることで、思考を階層的に整理することが可能だ。最終的には繋げた順番にプレゼンテーション資料として再生できる。
生徒たちは2人1組で相談しながら、説明に必要な用語や写真・図をプレートにまとめていく。さらに、「根」「葉」「茎」といった大きな概念となる言葉をストーリーの本筋として第一階層にまとめ、各部位の特徴やそのはたらきの説明を第二階層、その具体例や写真、用語等を第三階層に置き、一つ一つの部位を細かく説明していく流れを構成していた。授業の冒頭の岩﨑先生の指示通り、作成にあたってプレートの階層を変えたりする場合は、その理由をペアに伝え、お互いが納得した上で進めるように心掛けている様子だった。
④生徒同士で発表、アドバイスを受けてまとめ直す
ピンチアウトでプレゼンテーションの実行、ピンチインで編集画面に簡単に戻ることができるため、試行錯誤がしやすい
ある程度まとまったところで、他のペアに向けて中間発表を行った。互いに分かりやすい点と改善点について根拠を挙げながら指摘し合い、改善の見通しを立てていった。あるペアが葉脈の種類である「網状脈」と「並行脈」について説明した際「それぞれどんな植物に見られる特徴なのか知りたい」という指摘があった。指摘を受けたペアは説明のプレートが不足していたことに気付き、第二階層に「主根と側根がある植物には網状脈が見られること」「ひげ根がある植物には並行脈が見られること」を説明するプレートを追加していた。さらに、それぞれどのような植物があったのか具体例があった方が良いと考え、調べて第三階層に配置した。不足している説明について意見を出し合いながら、深く掘り下げて調べていくことで知識を深めている様子が見られた。
⑤他の教科の先生に向けて発表する機会を設ける
活動の様子を見守っていた岩﨑先生は、植物の機能の説明に終始することなく、具体的な関連を示して説明するようアドバイスされた
次の授業では、仕上げの時間を取り、いよいよ本番の発表をする。聞き手は、理科の専門ではない他の教科の先生方だ。もし質問を受けて答えられなかったらやり直しというルールも設けられた。「質問に答えられなかったら、分かりやすい説明ができているとは言えません」と岩﨑先生。厳しく聞こえるが、このような課題を繰り返し行うことで、子どもたちの情報活用能力や言語能力は確実に養われるという。
インタビュー
岩﨑先生に<E-VOLVOX>の有効性や授業をする上で心掛けていることを伺った。
<E-VOLVOX>の強みの一つは、階層を意識して学習したことを整理できる点だと思います。
階層を使って、学んだ知識を抽象的な概念と具体的なことに分けるよう意識させることで、子どもたちの頭の中で知識が再構成され、学習内容のより深い理解につながると考えています。その深い理解があってこそ、この学習から自然界における植物の偉大さを感じとることができるのではないでしょうか。また、このような考え方を日々の学習の中でしていくことで、理科の授業から離れたシーンでも、情報を整理して考えられるようになると思います。
もう一つの強みは、分岐的なストーリーのプレゼンテーションができる点だと思います。さらに、ストーリーは複数作っておき、簡単な操作で切り換えることができます。このことにより、子どもたちの対話が促進されるのです。日常会話では、聞き手は何か気になったらその場で質問をします。それに対して、話し手はその場で答えます。それと同じようなことをプレゼンテーションの中でも起こしていきたいのです。そのようなことが起こるとわかっていれば、生徒たちはどんな質問がきてもいいようにと沢山の情報を集め、説明できるように知識と知識を繋げて準備します。自分で説明ができるようになっておく必要がある訳ですから、自ずと生徒たちの学習内容に対する理解が深まっていくのは言うまでもありません。そのような学習をする上で、<E-VOLVOX>のように、集めた知識を整理し必要な時にプレゼンテーションとして実行できるアプリケーションが潤滑油のように働き、生徒たちの学習を助けてくれます。
授業では、iPadだけでなく、教科書やノート、ホワイトボードなど、様々なツールを使わせます。場面に応じて、ツールを意図的に制限して繰り返し使わせることで、生徒たちは徐々にツールの特性をつかんでいき、3年生になる頃にはどの場面でどのツールを使うのが効果的か、自分で選べるようになってくるのです。そのための経験を授業の随所でさせることが教師の役割だと考えています。ただ、中学校になると、教科担任制ですので、一人の教員が一貫して指導できるとは限りません。その解決策として情報活用能力をどのように伸ばしていくのかというポイントを学校のカリキュラムの中に組み込んでいくことが考えられると思います。
情報活用能力を長期的に育成していくためには、その基盤として、生徒の人間関係が構築されていることが重要です。とくにiPadは一人の世界に入ってしまいやすいツールです。例えば、iPadを1人に1台渡して成果物を見せ合って交流させる授業をしたくても、クラスの中の人間関係が希薄だと「どうして他の人に見せないといけないの」という意見が出て、うまくいきません。今回は、1年生の1学期の授業でしたので、あえて2人1組でiPadを使わせています。まずは、お互いに「合意」させながら話を進めていけるようトレーニングするところから始めています。