横浜市立東汲沢小学校は、第18回キューブ活用コンテストで優秀賞を受賞した学校である。受賞した作品は、見学で訪れた鎌倉をアピールするために作成したパンフレット。写真の見せ方や文章の書き方が相手を意識し、伝えたいポイントをしっかりと表現したものであった点が受賞の理由だ。吉田圭一先生は、授業でどのような指導をされているのか。実際に授業を拝見し、子どもたちの「伝えるチカラの育成」のヒントをレポートする。
子どもたちにパンフレット制作のポイントをアドバイスする吉田先生
拝見したのは、6年2組の『横浜の時間』の授業である。横浜市の『横浜の時間』では、総合的な学習の時間を核として、様々な教科等と関連が図られている。今回の授業では、地域の飲食店を紹介するパンフレットを作成する。子どもたちは、4~5人の班に分かれ、事前に担当の飲食店を訪問し、取材を行っている。取材にあたって、班に1台、タブレット端末が割り当てられ、写真撮影や、インタビュー風景の録画をしてある。撮りためた資料をもとに、パンフレットを作成していく。今回は、子どもたちが実際にパンフレットを作成する様子を拝見した。
号令とともに、授業が始まる。吉田先生はまず、今日の授業のめあてを確認した。「相手に効果的に伝わるように表現を工夫しよう」と板書されている。そのお店に行ったことがない人にも伝わるようなパンフレットを作るにはどうしたらよいのか。吉田先生は、子どもたちにいくつかのアドバイスをした。「いろんな立場の人がパンフレットを読みます。その人たちにも伝わる内容になっているか、確認してください。それから、取材に行って得た情報がたくさんあると思います。どの情報を載せたら、より伝わりやすくなるのか、絞り込むようにしてください。また、見出しも大切です。見出しの内容によって読み手がその記事を読むか読まないかが決まります。読み手をキャッチする見出しを目指してください」。加えて、まず作ってみて、友達からたくさん意見をもらってブラッシュアップしていくよう促した。パンフレットを作成するため、子どもたちはコンピューター室に移動した。
「パンフレットで伝えたい」子どもたちの思いで授業は動く |
「授業は子どもたちが主体」と話す吉田先生。『横浜の時間』で地域の飲食店を紹介することになったとき、伝える媒体としてパンフレットを選んだのは子どもたち自身であった。国語の授業で、紙のパンフレットを作成し、その性質を学んだ子どもたち。ここでの達成感が自信につながったのか、子どもたちの方から自然と「『パンフレット』を作って紹介したい」という言葉が出てきたという。また、コンピューターで何かを作ってみたいという子どもたちの要望もあった。吉田先生はこれを受けて、パンフレット制作においてコンピューターを使うメリットを並行して教えていくことにしたという。子どもたちの思いを汲み取りながら、『横浜の時間』は組み立てられていく。
子どもたちは、ノートに書いた設計図を基にパンフレットを作成する
子どもたちの様子を見ながら、適切なアドバイスをしていく
同じ班の児童と話し合いながらパンフレットを作成していく
パンフレットの作成は<キューブきっず>の<新聞>で行う。子どもたちは、事前にノートに設計図を書き、パンフレットの記載内容やレイアウトを検討していた。本物のグルメ雑誌等を参考にしたという。<キューブきっず>のアプリケーションには<リーフレット>もあるが、参考にした記事は新聞のように詳しく書かれていた。そこで子どもたちは、新聞のように作ることでより詳しく伝えられるのではないかと考え<新聞>での作成に至ったという。
コンピューター室には、1人1台のコンピューターがあった。子どもたちは班ごとに着席し、<キューブきっず>を起動する。吉田先生が指示をしなくても、どんどん作業を進める。設計図にそって、班の中で記事を分担して作成する。
吉田先生は、子どもたちの様子を見て回りながら、適切なアドバイスをしていく。子どもたちが作業する中で抱える課題はそれぞれに違う。吉田先生は、コンピューターやソフトの操作に戸惑っているか、伝え方に戸惑っているかによって指導の内容を変える。ソフトでの画像加工に戸惑っている児童には、より効率的な画像加工の方法を提案する。伝え方に戸惑っている児童には、得た情報のどの部分に注目して伝えたら効果的かということを考えるよう促す。何をしたらよいか戸惑っている児童には、丁寧に画像の挿入のやり方を示したり、図形を使ってよりわかりやすく示す表現の方法を考えるよう助言したりしていた。その声かけは、「こうすればいい」という、決定的なものでなく、「こういうやり方もある」「こういった視点で考えてみることもできる」といった「別の方法を示す」ものであった。子どもたちは、吉田先生の言葉を受け入れ、自分のしたいことを実現するにはどの方法がよいか、前向きに検討できているようだった。
また、子どもたち同士でも活発に教えあう様子が見て取れた。教室内には子どもたちの声が飛び交うが、関係のない話ではなく、パンフレットの構成や画像加工の方法などが話し合われており、お互いに協力して問題解決をしている様子であった。
子どもたち同士の助け合いを大切に |
授業の中での子どもたち同士の関わりも大切にされている。学校での学習と、一人での学習との違いは、他の児童との関わり合いである。吉田先生が、クラスを受け持った当初から子どもたちに伝えていることは、「困ったら一人で考えずに助けを求める」「人が困っていたら助ける」ということだ。こうした雰囲気の中で、子どもたちは自分にはない知識や技能を他の児童がもっていることを発見し、お互いに助け合うと課題を解決することができるとわかる。「こうした授業の中では、わからない人に積極的に教える児童や情報収集が得意な児童が出てきたりします」と吉田先生。子どもたちの新たな一面を発見することも多いという。
地図上に矢印でお店の場所を示すなど、わかりやすく工夫する
作成途中のコンピューター画面から、それぞれの班の工夫が読みとれる。お店の場所をわかりやすくするために地図で示したり、名物を大きく映した写真で、お店の売りを見せたりする児童もいた。
このあと、10月までにパンフレットを完成させ、お店の人に届ける。パンフレットの完成が楽しみである。
インタビュー
吉田 圭一 先生
吉田先生は、授業をされるにあたり、どのようなことに配慮されているのだろうか。授業後にお話を伺った。
子どもたちは今回、伝えたいことを文章や写真を使ってパンフレットとしてまとめ、表現しています。しかし、書いてある文章や掲載されている写真によっては、伝えたいことが読み手にきちんと伝わらないかもしれません。そのギャップに気付き、「より読み手に伝わる表現にするにはどうしたらよいか」と試行錯誤していくことが大切だと感じています。
そこまで子どもたちに取り組んでもらうために、子どもたちの考え方を「見える化」し、客観的に見ていきます。具体的にどのようなことをするかというと、子どもたちに文章を書いてもらったり、改めて自分の言葉で説明してもらったりします。そこから私が感じたことを伝えると、子どもたちから「そういうことを伝えたかったんじゃない」と言われる時があります。考え方を文章や言葉にし、それを元に対話していくと、子どもたちは、自分の考え方を客観的に見ることができるようになります。そしてこの文章や写真では、伝えたいことと実際に伝わることとの間にギャップがあるということに気付くのです。そこから、伝えたい内容を的確に伝えるにはどう改善したらいいのか、記載されている文章や写真について、もう一度試行錯誤してもらうようにしています。
子どもたちには、「自分で考えて、判断し、行動できる」人になってほしいと思っています。大人になると、自己決定する場面が多いです。そして、その結果には責任をもたなければなりません。選挙権年齢が18歳以上となり、子どもたちが自己決定しなければならない場面がより早く訪れるようになりました。「自分で考えて、判断し、行動できる」ということは、小学校から意識して身に付けさせるべき力だと感じています。
責任ある自己決定をするには、周りにある情報を的確に取捨選択する必要があります。子どもたちに情報の取捨選択・自己決定ができるようになってもらうために教員ができることは、「助言者」でいることだと思っています。私は、子どもたちがやりたいことに対して「こんな方法もあるよ」「こんな風にも考えられるよ」と示すだけです。どの方向に進むか、最後の決定は子どもたちに任せるようにしています。子どもたちは自分で判断するために、様々な情報を集めようとします。そして、いろいろな人のアドバイスを受け入れられるようになります。最後には自分で判断して決めるので、子どもたち自身で良くしていこうという雰囲気も自然と出てくるんです。普段の授業の中で、子どもたちは情報の取捨選択・自己決定を重ねています。
実は今年の『横浜の時間』の中では、パンフレットの作成は通過点に過ぎません。パンフレットが完成したら、さらに発展した内容に進みます。もちろん、内容は子どもたちに決めてもらいますので、この後の展開は私にもわかりません。私自身、これからの授業がとても楽しみです。
今回の授業での、ICTを使ったメリットをご紹介。 |
今回子どもたちをより深い学びに導いてくれたのは、取材時のICT活用であったと吉田先生は言う。タブレット端末で写真撮影をしたり、インタビュー風景を録画したりした。取材の記録がデータとして残っているため、書く内容に困ったときにもう一度確認し、より確実に内容をまとめることができた。子どもたち自身の「感動」で終わってしまうことも、画像や音声で振り返って確認できることで、根拠を示して「魅力」として確実に読み手に伝えることが可能になる。
より読み手に伝わるパンフレットを作るためには、文章だけでなく、どのような写真を載せるかも重要になってくる。見てもらいたい部分をトリミングしたり、撮影した写真のうちどれを載せるのがよいか見比べたりする必要がある。コンピューターを使うと、写真の加工や比較が画面上で簡単にできる。そのため、試行錯誤しやすいというメリットがある。