山口県の最東、広島県との県境に接する和木町。町内には、小学校、中学校が1校ずつあり、教育委員会も含めた緊密な連携がなされている。今回は、6月11日(木)に和木町立和木中学校で行われた「第1回和木町ICT教育合同研修会」を参観させていただき、ICT活用を進める和木中学校と和木町の取り組みを取材した。
意欲的な「ICT活用による授業改善の取組」
和木町立和木中学校
校長 弓立 洋二 先生
和木町教育委員会
指導主事 村中 政文 先生
今回の研修会は、山口県の「生きる力を育む実践的調査研究<調査研究推進校>調査研究計画」の一環で開催されたもので、和木中学校は、「自らを高め、主体的に学ぶ力を育む指導のあり方」のテーマの下、「ICT活用による授業改善の取組」に力を入れている。最先端のICT機器を使って、先進的な活用をしているわけではないが、基本的な活用を重視して効果をあげている。本年度は、異動で和木中学校に来て初めてICT機器に触れる先生が多いとのことで、「ICTを活用というより、先ずは慣れるという段階です」と同校の弓立洋二校長は謙遜する。しかし、和木町のICT活用に向ける取り組みは意欲的だ。5月から小中合同の授業公開が毎月のように組まれており、相互に参観して授業改善の参考にしている。和木中学校独自の取り組みとしては、全先生が年に5回のICTを使った授業(ミニ研修会)の実施を目標にしているという。先生15名で、なんと年に75回。全員が集まるのではなく、時間が空いている先生数人が授業を見て協議をする。協議は長くても30分ほど。一回に大きな手数をかけるのではなく、積み重ねを大事にしている。
今回の研修会には、町内の小学校、教育委員会を含め40名程が参加した。英語科、数学科、音楽科、体育科、国語科、社会科2クラスの計7クラス、それぞれ学級担任が授業を公開した。指導案は、「板書型指導案」で簡潔にして分かりやすい。このような指導案は、山口県の教育委員会より指導されているとのことだ。
ICTは、あくまでひとつの道具として
英語教室での授業。デジタル教科書を活用して授業をすすめる。電子黒板機能内蔵プロジェクターが黒板に設置してあり、必要な時に使える。
新聞記事を実物投影機で電子黒板に拡大提示。教室の後ろからもしっかり読みとれる。
タブレットPCで一連の動作を動画で撮影し、確認する。自分では分かりにくい動作の課題がしっかり把握できる。
音楽の諸要素に着目しながらオーケストラの響きを味わう。デジタル教科書で作曲者のことや楽器の音色などを確認する。
暑い地域の気候の特色や、人々の生活の様子を学ぶ1年社会の授業。太平洋の島々でくらす人たちの様子を映しながら説明。
和木中学校では、国語教室や英語教室がある「教科教室型校舎」が特徴。弓立校長によれば「教科教室型だからこそ、ICT活用に効果があります」とのこと。教室には、電子黒板、実物投影機などの機器の他、指導用デジタル教科書も整備され、必要な時にすぐに使える。
1年2組英語の授業では、渡邊陽一先生が、デジタル教科書を活用した。語句の発音と意味の理解や、フラッシュカードで反射的に発音できるようにする反復練習、本文を提示して抑揚を意識して音読するなど、デジタル教科書を使うことにより、リズムが生まれ、テンポ良く授業がすすむ。生徒はみな前を向き、集中しているのがわかる。しかし、渡邊先生はデジタル教科書だけに頼るのではなく、黒板との使い分けも工夫している。語句の発音や本文の抑揚を確認するにはデジタル教科書を活用し、語句の意味を理解させる時は生徒に板書させた。渡邊先生は、デジタルとアナログの良さを組み合わせ、効果的に授業をすすめる。
国語教室では、『「やさしい日本語」を使って新聞記事を書き換えてみよう』の授業に、実物投影機が活用された。2年1組担任の柳原泰恵先生は、新聞記事を電子黒板に拡大提示し、黒板には、「重要度の高い情報に絞る」、「重要な語句には解説をそえる」など、書き換えのポイントを板書する。生徒は、そのポイントを押さえつつ、自分なりにやさしい表現にしてプリントに書き込んだ。難解な語句は辞書で調べる。書き換えた文章は、グループ内で、より分かりやすく伝わる文章にするために話し合いがされ、ホワイトボードにまとめられ発表された。実物投影機で拡大表示することにより、生徒の注意を集中させ、辞書やホワイトボードも併用して授業をすすめる。今あるICT機器で最大限の効果をあげるワンポイントのICT活用、それが柳原先生の授業だった。
体育館では、3年1組山村裕史先生による、跳び箱運動の授業が行われた。タブレットPCの動画撮影機能を使って、着地姿勢の確認と動きの課題を把握した。その場ですぐに確認できる手軽さはタブレットPCならでは。「手をつく位置が後ろすぎるね」、「着地姿勢が左右で乱れている」など、自分自身の動きの課題がよくわかり次回に修正することができる。電源など制約が多い体育館でも、タブレットPCは活躍していた。
その他の授業でもICTを無理に使用している様子はない。「ICT活用ばかりに力を入れたくありません。あくまでひとつの道具として扱えるようになってほしい」という、弓立校長の思いが実践されている。
ICT活用を通して指導方法を振り返る
ワークショップ型研修で指導する、山本朋弘主幹。
ワークショップでは、小中の先生が7グループに分かれて活動。
模造紙にICT活用の「工夫点」と「改善点」の付せんを貼る。最終的に関連する付せんをグループ化する。
成果は、グループごとに発表。
公開授業の後にはワークショップ型研修が、熊本県教育庁の山本朋弘主幹の指導により行われた。ブレインストーミングのテーマは、「普段の授業でのICT活用の工夫点・改善点」。山本先生は、「ICTだけでは授業は改善されません。教科書やノート、板書をどうするかなども含めた授業全体で考えてください」と最初にポイントをおさえる。
グループの発表では、「ICTの活用で多くの資料提示ができた」、「映像で理解が容易」などの意見の一方で、「画像が小さく見えにくかった」、「操作に手間取った」など工夫すべき点も出された。また、「伝統的な教育技術の上にICT活用の効果がある」、「辞書などのアナログの部分と並行して活用していくことが大事」など、ICT活用を不易の部分と組み合わせることの大切さも多くのグループから出された。
山本先生は、「ICT活用に取り組む真の意義は、どう発問するか、どうノートを書かせるかなど、従来の指導方法を振り返ってみる契機にするため」と解説し、「和木町の先生にはそれがしっかり意識されている」と評した。
ICT活用は、自分なりに、無理せず効果のある使い方を工夫して
1人年5回を目標にしたミニ研修会の実施など、意欲的にICT活用に力をいれる弓立校長であるが、先生に強制することはしない。今まで積み上げてきた授業の経験が豊富な先生ほど、何をどう使えば良いかわからないことが多い。そのような先生には、「実物投影機で拡大して提示するだけでも十分効果がありますよ」と背中をおす。はじめから「これは無理」という意識を持たせないようにしたいと言う。最初から難しいことを要求するのではなく、「そんなに気張らんでもいいですよ」という弓立校長の考えで、先生方は自分なりに、無理せず効果のある使い方を工夫している。
実物投影機から段階的に整備
「わきっこ」授業デザイン
ICT機器は、一足飛びに最新のものを整備しても効果的な活用はできない。教育委員会の村中政文指導主事によれば、最初に整備すべきは「実物投影機」だと言う。平成24年度、和木小学校の全教室に「実物投影機」を整備した。「この整備を最初にやったのが良かったと思います。工夫次第で授業のさまざまな場面で活用できます」と評価は高い。
今は、実物投影機や電子黒板、デジタル教科書が中心のICT活用であるが、第2次ICT整備計画として、平成27年度、本格的なタブレットPCの整備が予定されている。弓立校長は「生徒の思考を深める言語活動の充実を図れたら」と期待を膨らませる。
和木町は、平成29年度までに"教員のICT活用指導力 * "を「すべての項目において100%をめざす」と意欲的な目標を設定している。しかし、ICTを使うこと自体が目的ではない。和木町には、『「わきっこ」授業デザイン』が策定されているが、ICTを活用した授業もあくまでこれをベースにしたものだ。
和木町では、自分たちのできるところからICT活用をはじめ、その効果をひとつひとつ実感しながら取り組みをすすめていた。
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文部科学省「教員のICT活用指導力の基準の具体的・明確化に関する検討会」策定。 「教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力」「授業中にICTを活用して指導する能力」「児童のICT活用を指導する能力」「情報モラルなどを指導する能力」「校務にICTを活用する能力」の5つの大項目から構成されている。 |
山口県 玖珂郡和木町 「ひとくちメモ」
和木町には「尊師親愛生」という言葉がある。「先生」「子」「親」相互の信頼と絆を深める教育理念である。この理念の下、保護者や地域の方との連携も緊密で、ゆかたの着付け教室など、地域の人が子どもたちを直接指導する機会も多い。教育委員会はもとより、地域全体で学校と子どもたちを見守る教育風土が息づいている。