2021年9月11日(土)、オンライン配信で一般社団法人教育情報化振興会(JAPET&CEC)主催による「GIGAスクール実践研究プロジェクト オンラインセミナー」が開催されました。本ページでは、セミナーの様子を抜粋してレポートします。
基調講演
放送大学の中川一史先生より基調講演をいただきました。
文房具のように
文部科学省が示している「教育の情報化に関する手引き」には、ICT環境は鉛筆やノート等の文房具と同様に教育現場において不可欠なものとなっているとあります。
本当に慣れている道具というものは意識しなくなります。例えばボールペンを使っているときには、いつも書き味を気にしているのではなく、何をメモしているかに集中しています。
つまりボールペンは使う人にとって透明になっているわけです。
ICTも、無意識つまり透明になっていくということが1つのポイントだと思います。
放送大学 中川 一史 教授
脱・授業場面オンリー
GIGAスクール構想が進む前は、授業で効果的にICTを使うにはどうしたら良いかということのみを考えてきました。右のスライドの①です。
しかし、これからは1人1台ずつ、専用の端末がいつも手元にあります。
そうなると、授業以外でも日常的に、高い効果が得られる場面に限らず、普段使いで使っていくことが重要になっていきます。つまり、スライドの②③④の部分です。
みなさんの学校またはクラスでは、この部分でいったいどのような使い方をしているでしょうか。
この3つの部分での活用が、結局①に返ってくると思います。
セミナーでは
「GIGAスクール実践研究プロジェクト」では、このセミナーの協力会社であるスズキ教育ソフトとの共同研究で、教育クラウドプラットフォーム「エデュグラフィー」の開発を進めています。
セミナーでは、プロジェクトメンバーがさまざまな立場から話をしていきます。
GIGAスクール構想とは何か
GIGAスクール構想が、単なる1人1台の環境整備で終わらずに、これまでの学習方法、教科書の位置づけ、教師の役割、学校のあり方、そして児童生徒にとってのツールとの関わり等を再考、再構築するきっかけになってくれることを心から望んでいます。
実践発表
プロジェクトメンバーである3名の先生方に、1人1台端末環境での実践と、共同研究をお願いしている教育クラウドプラットフォーム「エデュグラフィー」に期待することについてお話いただきました。 ほんの一部ですが、紹介させていただきます。
金沢大学附属小学校 福田 晃 先生
3・4年生の複式学級を担任しています。小集団ごとに学習が展開していくプロジェクト型の授業での実践を発表させていただきます。
- 教科:国語
- 領域:話すこと・聞くこと
- 単元名:オリパラ選手にむけ文化紹介動画をつくろう
単元の導入部分で、小集団で話し合いをする際に困ることとして児童が挙げた課題についてルーブリック(4段階で評価)を作成し、毎時間授業後に振り返りを記入させ、5時間分のデータを収集しました。そのことで、単元や教科を超えた比較ができ、変容が継続的に見えてきました。さらに、このデータがグラフ化できると今までできなかったことが可能になると思い、振り返りのデータをグラフ化してみました。これは、1つのグループ全員の振り返りのデータをエデュグラフィーの分析アプリ(仮称)でグラフ化したイメージです。グラフを見ると、このグループの子どもたちは「話し合いをまとめること」がうまくいっていないと感じているのがわかります。
グラフを見せることで、子どもたちには自己認識を促すことができました。さらに単元末のグラフを見て自分自身の変容を確認することができたことが、単元末の記述から読み取れました。
一方教師としては、自分が感覚として持っていたものがより一層明確になりました。これまでの参観や文章記述からの見取りに量的なものが加わる、これは非常に大きいと思います。今後、こういった分析によって、判断の質が向上するのではないかと考えています。
学校法人佐藤栄学園さとえ学園小学校 山中 昭岳 先生
通知表をなくす挑戦ということで、4年生以上の総合的な学習の時間での取り組みを紹介します。
子どもたちは、学習を行うたびにエデュグラフィーで振り返りシートを記入し、学びの足跡を残しています。この時に大事なのがラベル付けです。
総合的な学習の時間では、1年間かけて身に付けたい力11項目を一覧表にして子どもたち全員に配布しています。振り返り時にこの11項目から子どもなりに選択し、ラベル(俗にいうタグ)としてシートに記入しています。
ラベルを記入することでのメリットを子どもたちに説明した後、ラベルを付けてシートをためていくということをさせました。
これは、アナログ版学習eポータルの一例です。1人1台iPadがあるので、iPadのなかに入っているデータ(写真・映像など)をシートに書かせ、それらも見せながら保護者に説明するという取り組みをおこないました。
今までの通知表では、総合的な学習の時間については「これこれこういうことをがんばりました」しか伝えられなかったものが、この取り組みにより伝えられることの幅が広がりました。しかし今回はアナログ版なので、どうしても手間がかかりスマートさに欠けました。
そこで、今後期待しているのがエデュグラフィーのラベル検索機能(仮称)によりすべての情報が連携され、個々の学びが可視化されるということです。これが実現すれば本当に通知表が無くなるのではないかと考えています。
北海道教育大学附属函館中学校 郡司 直孝 先生
本校では、2013年度から1人1台端末を活用してきました。
私が考える課題と、今後エデュグラフィーでこんなことが実現したらいいなということをお話いたします。
1つ目の課題は、現在利用しているアンケートフォームでは、生徒が入力し提出した結果が生徒の手元に残らず、残るのはメールで送られてくる画像だけなので、データとして加工することができないということです。生徒が入力した結果が手元に残り、さらに加工可能なデータとして扱うことができるようになるといいなと思っています。
2つ目の課題は、生徒が1人1つずつ作成しているサイトについてです。 生徒は、他者と共有できるサイトを1人1サイト立ち上げ、自分の学びの履歴を蓄積しています。しかし、評価のためにある学習の生徒全員分のデータを見るには、それぞれの生徒のサイトを選択し直して確認しなければならず、まさに紙を見ているのと同じです。任意の言葉などで全員のサイトからデータが検索できれば、生徒同士がお互いの取り組みを見合うことも容易になるのではないかと考えています。
3つ目の課題は、現在のサイトはデータを入れるときに完成形をイメージして入れなければならないというしくみになっているということです。どのデータをどう並べて入れるかということは、生徒も悩みながら行っています。“とりあえず置いておく場所”をシステムとしてサポートしてくれたらいいなぁと考えています。
パネルディスカッション
プログラムの最後では、茨城大学の小林先生にモデレーターをお願いし、4名の先生方にパネリストとしてお話いただきました。抜粋してご紹介します。
私たちの提言!使うから活かすへ~教育データの活用の未来を描く~
モデレーター
- 茨城大学准教授 小林 祐紀
パネリスト※ご登壇順
- 金沢学院大学講師 山口 眞希
- 鳥取県教育センター係長 岩﨑 有朋
- 日本大学教授 中橋 雄
- 放送大学客員教授 佐藤 幸江
小林先生
このセッションでは、考えるべき余地が多く残され、開発が待たれる教育データの活用について、豊富な経験をお持ちのパネリストを迎えて、お話を聞いていきたいと思います。
まず私の方で、基本的なことを確認しておきたいと思います。
教育データの種類として、校務系データと授業・学習系データの2つがあげられます。
今回のセミナーの実践発表では、この授業・学習系のデータをどう扱うのかが中心の発表だったと思います。
具体的にはどんなデータを利用することになるのでしょうか。どんなデータを蓄積することで、どんなことが見えてきそうか、できそうか、こんなところのお話を聞いていきたいと思っています。
小林先生
まずは、最近まで小学校の先生であり、今も小学校に深く関わっている山口先生からお話を伺いたいと思います。
山口先生
教育データを活かす
~小学校教師の経験から~
私は小学校教師の経験から、教育データについて見ていきたいと思います。
データをもとにした児童の見取りと授業評価というものが、指導の個別化や学習の個性化につながっていくのではないかと考えます。そしてこのデータは6年間の蓄積が大切だと思います。クラスが変わったときの申し送りの情報は意外と少ないです。こういったデータの蓄積があれば、生活面でも学習面でも早い段階で適切な関わりができるのではないかと思います。また、前学年の関連単元の学習の様子もわかりますし、通知表や指導要録、保護者への提示資料とデータが連携していくと校務の効率化にもなります。
教師の経験知や実践知、担任ならではの見取りはとても大事です。そういったものとデータをうまく組み合わせていくことが大切であろうし、紙かデジタルかといったことも良く言われますが、今は導入期なので、紙でできることもあえてICTを使ってやってみることをおすすめしたいです。それらと先生方の経験知を組み合わせて議論して、これはICTが良かった、これは紙が良かったとそれぞれの適性を見極めるのがこのGIGA元年かなと考えています。
その中で、「ICTだとこんなデータが取れて良かったよ」というものをみんなで見つけ出していくことができると良いなと考えます。
小林先生
続けて、中学校の学校現場を踏まえて、あるいは教育委員会の立場として、どういったデータがあればどのように活用できるのかということについて、岩﨑先生のお話を伺いたいと思います。
岩﨑先生
生徒指導や学習指導の質的向上を目指して
~教育委員会の立場から~
これから何年かかけてベテラン層が一気に抜け若い先生が増えていきます。心配なのは学校文化や教育技術が伝承されないまま消えてしまうのではないかということです。それらをいかにデータ化して学習指導や生徒指導に活かしていくかということが求められているとあらためて感じています。
さまざまな教育データをいかに蓄積し活用していくかによって、先取り予防的で前向きな指導ができるのではないかと思います。ただし、分析結果だけで判断するのではなく、教員の勘や感覚とのすり合わせによる補正作業が必要だと思います。見取りのスキルや経験値を持ったベテランがいるうちにシステムを構築し、経験とデータのすり合わせをしておく必要があると思っています。
県や市区町村の教育委員会としては、教育データにはどのようなものがありどんなデータをどう組み合わせることができるのか、それらをクラウド保存するときのポリシーはどうなのか、などを整えて学校現場に届けることが責務だと思っています。
デジタルとアナログのバランスをうまくとることで、生徒指導や学習指導の質的向上が望めると思います。
小林先生
それではここで、研究者の立場で現場の教師たちと多くの実践研究に取り組まれている中橋先生にお話を伺ってみたいと思います。
中橋先生
どんなデータを蓄積することでどんなことが見えてきそうか、できそうか
~教育実践研究者の立場から~
「なんのためのデータ活用か」というといろいろありますが、ここでは授業改善(教師)・学習改善(学習者)のためのデータ活用、なかでも学び続けることができる子どもたちを育てていくために必要だと思われる、協働的な学びや興味関心に応じた学びでのデータ活用に限定して考えていきたいと思います。
国語の授業で1人1台端末環境で学習者用デジタル教科書を使った事例では、鳥獣戯画の単元で絵をプラス評価していると思う文章に赤いマーカーを引いていくということをしています。
マーカーを引くという活動を個別の学習とすると、ここでは手が止まっている子どもがいたら知らせてくれる機能があるといいのではないかなと思います。また、ペアでどこにマーカーを引いたかを話し合う場面では、発言してないとか一方的に発言しているなどを自動でフィードバックしてくれると教師も適切な支援ができるのではないかと思います。さらに1人の意見を全体で共有して考えるという場面では、どのくらいの人が同じところにマーカーを引いているかがわかると、だれを指名すれば学級全体の学びにつながるかがわかったり、少数派の人に意見を聞くためのとっかかりにできたりするのではないでしょうか。
授業のなかで教師に対して即時フィードバックがあり、それを教師が指導に活かせるような仕組みが開発されるといいなと思っています。
小林先生
最後になりますが、佐藤先生には少し大きな視点から、データの活用の方向性についてお話いただければと思います。
佐藤先生
1人1台端末 「やっかいな」道具ではなく 「夢と希望」を創る道具へ
子どもたちが、道具つまり1人1台のタブレット端末を手に入れました。それによって、私たち教師は、学習者主体の授業へと改善してくことができるようになったということを、共通理解しておきましょう。
教育再生実行会議の提言には「データ駆動型の教育へ」ということが書かれています。医療と教育はよく比較されますが、医療と比較し教育のデータの駆動化は遅れているのではないでしょうか。医療では病気や事故にあうと処方箋や手術で元気にします。それと同じように、教育でも分からない・やる気がないという状態から、エビデンスに基づいた授業改善によって学習意欲をアップさせ、主体的な学びにつなげる必要があるのではないかと考えます。
私たちの身の回りには、たくさんの教育・学習データがありますが、どう情報を獲得してどうフィードバック・分析していけば学習や教育が促進されるのかという点では、まだまだ入口にたどり着いたにすぎません。私たちはこれからこのデータは必要、このデータは必要無いという判断をどんどんしていくことになり、評価・改善をしつつ、またデータを蓄積していくこのスパイラルが大事になってくると思っています。
これからの学校や授業づくりの土台は、まさに今作っているのです。
小林先生
4人の先生方が、それぞれの切り口でお話して下さいました。やはり勘や経験だけに頼る教育を超えたその先にあるものを目指していくことが大事だし、ピカイチと言われる先生の授業を科学し明らかにして自分たちの授業力量に変えていく、こういったところがデータの活用の本筋にあると思います。そして、その先にあるのは子どもたちに返すことです。子ども自身がデータを活用する、子ども自身が得られたデータを見て自分の学びを自己調整していく、こういった学習者を育てるために、教育データを活用していく必要があると思います。今はありとあらゆるデータがどう活用できるのかを考える時期だと思います。どんなデータが真に必要であるか、どのように可視化すれば教師及び子どもたちにとって有用であるか等を中心に検討しながら、開発を進めていきたいと考えています。