新型コロナウイルス感染拡大による休校措置で混乱が続き、学校現場には様々な工夫が求められている。そんな中、プログラミング教育について、今年度(2020年度)は小学校で、続いて来年度(2021年度)は中学校でも本格実施を迎える。準備段階から全国の様々な自治体・学校でプログラミング教育についての研修や授業への助言をされてきた信州大学学術研究院教育学系・助教の佐藤和紀先生にお話を伺った。
コロナ禍の学校現場とプログラミング教育
学校現場では2020年3月から新型コロナウイルス感染拡大による休校措置があり、今年度は新学期から学習の遅れが続いている学校も多いと伺っています。プログラミング教育もかなり影響を受けているのでしょうか。
はい。2017年以降、プログラミング教育は盛り上がりを見せ、様々な自治体で先行して実践が行われてきました。しかし、最近は新型コロナウイルス対策の影響でその盛り上がりがぱったりと止んでしまった感じがします。やらなければいけないとわかってはいても、他の授業が遅れており、それに伴ってプログラミングも遅れている印象です。
また、休校中の教育機会の確保などのため、先生方の今の主な関心はオンライン学習です。私は全国の自治体や学校の研修で講演する機会があります。以前は、講演の主題はプログラミング教育やICT活用でしたが、特に4月・5月はオンライン学習について話して欲しいという依頼がほとんどでした。
GIGAスクール構想による児童生徒1人1台端末整備が今年度中に前倒しになったことも影響しているのでしょうか。
そうですね。新たに、1人1台端末をどう活用したら良いかといった課題も出てきていますね。
全国どこも同じ状況なのでしょうか。
コロナ禍の中でも意識の高い校長先生や熱心な先生がいらっしゃり、プログラミング教育に取り組まれている学校もありますし、規模の小さな自治体の中には、自力で実施されているところもあります。文部科学省・総務省・経済産業省設立の未来の学びコンソーシアムが運営するポータルサイト「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」でも、滞らないようにと家庭学習を含む自宅等で利用できるプログラミングコンテンツを掲載※1しています。しかし、それでも一部の学校しか授業の実施まで漕ぎ着けられていない、といった現状があると思います。
プログラミング教育の授業の分析結果から見えること
佐藤先生は様々な自治体や学校でプログラミング教育についてのご指導をしていらっしゃいますが、ご経験の中で、プログラミング教育をスムーズに実施するためのヒントなどがあればお伺いしたいです。
3月・4月に東京都のプログラミング教育推進校※2の小学校75校からプログラミング教育の授業の指導案や研究発表の資料を集め、内容を分析しました。※3
図1:授業の実施学年
まず、授業の実施学年についてです(図1)。結論から言えば、推進校では学年の偏りは見られませんでした。プログラミング教育にはICT活用がつきものなので、ICTの操作スキルの問題は避けて通れません。そう考えると、高学年に実践が集中しそうなものです。しかし、実際は低学年でも、コンピュータを使わない教材を用いて論理的思考力の面から指導をするなど、工夫して授業を実施していることが分かりました。この結果から、プログラミング教育はどの学年からでも始められそうだということが言えると思います。取り組みへのハードルが少し下がるのではないでしょうか。
図2:授業の実施教科
次に、実施教科です(図2)。新学習指導要領でプログラミングについて書かれている教科、5年算数・6年理科はやはり多かったです。また、総合的な学習の時間でも実施されているようです。総合的な学習の時間では、主に『小学校プログラミング教育の手引』のC分類「教育課程内で各教科等とは別に実施するもの」に当たる内容が実施されています。その他、低学年では学級活動(学活)での指導が多く見られました。掃除や給食など、学校生活の場面での手順とプログラミングの「順序」や「分岐」を関連させて指導しているようです。このことから、低学年のときに、教科に関わらず学校の裁量でできるC分類の授業で「体験」をさせ、そのあとに教科のプログラミングに繋げる、という順序で指導するのが良いと言えるかもしれません。プログラミング教育では、プログラミング的思考を他の教科の学習場面と結び付けることが必要なのですが、その素地を低学年のときにつくっておくというイメージです。子どもたちにとっても先生にとっても分かりやすいのではないでしょうか。
図3:授業の目標の分析
そして、指導案に書かれている授業の目標についてです(図3)。分類してみると、学力の3つの柱のうち思考力・判断力・表現力等に当てはまる目標が全体の約7割でした。また、同様にR・ガニエの学習成果の5分類※4をもとに分析すると、思考力・判断力・表現力等に対応する分類項目のうち「知的技能」に分類される目標を立てている授業が63%を占めていることが分かりました。これは、プログラミング教育が「考え方の理解」を目的にしているからだと言えます。
プログラミング教育をこれから始める先生はどうしたらよいか?
実際に授業を計画する際、どんな題材や教材で指導すれば良いのか、ということに迷われる先生もいらっしゃるのではないでしょうか。何か良い解決方法はありますか。
これはプログラミング教育に限らず言えることですが、先生方は授業の流れがイメージできれば、実践するまではとても早いのだと思います。休校措置によってオンライン授業が必要となったときにも、打ち合わせや研修等でWeb会議システムを体験した先生方はすぐにそれらを指導の中に取り入れていました。
基本的には、先進校の指導案を見るのが良いと思います。教材そのものを調べるより、イメージが湧きやすいのではないでしょうか。既に授業として形になっていて、実践もされているものを参考に、ご自分の授業を考えてみることをお勧めします。
それでも、初めて実践する、あまり得意ではないという意識をお持ちの先生方もいらっしゃると思うのですが…。
先生が一人で全部指導しようとすると大変です。例えば、プログラミングが得意な子どもがいたら、先生役として他の子に教えてあげるように言ってみるのはどうでしょうか。教育方法のバリエーションを知り、教え方は一斉指導だけではないという発想を持てるようになることが大事だと思います。もちろん知識やスキルを教えるための一斉指導は必要だと思いますが、児童生徒1人1台環境におけるプログラミング教育での問題解決ということを考えたときに、いかに学び合いや協働を促し、チームワークを発揮させるかという視点も必要になってくると思います。
小学校への教科担任制の導入は質の高い授業への希望となる?
来年度、中学校でプログラミング教育が本格実施となります。小学校でプログラミング教育を受けた子どもたちに対して、中学校では技術分野の中でプログラミングの指導がされることになります。小学校の先生は中学校の指導内容を見通した上で指導する必要があるとお考えですか。
もちろん、必要だと思います。しかし、私も小学校教員時代にそれができたかと言われると、自信がありません。やはり目の前の授業や業務に追われてしまっていたと思います。しかし、小学校への教科担任制の導入※5が実現すれば、もしかしたら可能になるかもしれません。海外の学校では、先生方は授業のことしか考えません。それ以外の業務は専門のスタッフが行っているのです。日本の先生方も、授業のことに集中できるようになれば、より回り込んだ授業が実施できるのだと思います。小学校への教科担任制の導入は、その第一歩になるかもしれません。
これから意識するべきこと
佐藤先生は「子どもたちが大人になって活躍する未来」について、どのような社会を想定していらっしゃいますか。
もう既にそういう社会になっているかもしれませんが、「世の中の流れが早くなっている」でしょうね。ですから、子どもたちはその流れについていかれるように、今から学習や仕事の仕方という面で「効率的にやる方法」を知って、身に付けておく必要があるのではないでしょうか。教育現場に「効率」という言葉が入ってくることに抵抗を感じる方もいらっしゃるかと思います。しかし、この1,2年で、今までの10年分くらい社会が発展を遂げていると言われています。そういったことを考えれば、社会の変化の流れをしっかり捉えていく必要があるように思います。
子どもたちにも「効率」が求められるようになるのですね。学校現場も急速に変わっていくと思いますが、特に先生方が意識しておくべきことは何かありますか。
プログラミング教育ということで言えば、次の3つを意識しておいて欲しいです。
「楽しく遊び、体験させながら学ぶ」「考え方を学ぶ」「常に最先端を意識する」。重要なのは、3つ目です。先生方が「常に最先端を意識する」ことで、社会と子どもたちの学習を繋げることができます。例えば、今、社会でAI(人工知能)が話題になっていると知っていれば、授業の題材として扱うことも考えられます。
小学校プログラミング教育の肝要
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①楽しく遊び、体験させながら学ぶ
- 苦手意識を感じさせない工夫をする
- 楽しく学べる工夫をする
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②考え方を学ぶ
- 技法、スキルよりもプロセスや文脈を重視する
- 考える力を身につける
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③常に最先端を意識する
- 技術革新に触れる
子どもたちがコンピュータに関する見方・考え方を意識できるようにする
最後に、プログラミング教育に取り組む先生方にメッセージをお願いします。
先生方がいかに子どもたちの何十年後かの未来を想像できるかが非常に大事だと思います。目の前にやらなければならないことが山積していて、確かに忙しいと思いますが、そういうことを考えるのは私たち大人の役目だと思います。変化の激しい社会で子どもたちが働き盛りを迎えたときにたくましく生き活躍するためには、今何を身に付けておくべきかといつも考えていて欲しいです。
佐藤 和紀
信州大学 学術研究院 教育学系 助教
東北大学大学院情報科学研究科・修了(情報科学)。 2006年4月より東京都公立小学校教諭・主任教諭、2017年4月より常葉大学教育学部・専任講師を経て、2020年4月より信州大学学術研究院教育学系・助教。研究分野は教育工学、教育方法学、情報教育・メディア教育、ICT活用授業。文部科学省 ICT活用教育アドバイザー、同 児童生徒の情報活用能力の把握に関する調査研究 委員、同 教育の情報化に関する手引 執筆協力者など。
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未来の学びコンソーシアム「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」
児童が自宅等でプログラミングの基本的な操作等を学習することのできるコンテンツ
https://miraino-manabi.jp/content/492
(参照2020-10-13) - ※2
- 東京都教育委員会は、区市町村立小学校のうち75校をプログラミング教育推進校に指定し、平成30・31年度の2年間、実践研究を行った
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東北大学大学院 情報科学研究科 堀田龍也教授、鹿児島大学大学院 教育学研究科 山本朋弘准教授、常葉大学教育学部 三井一希講師の研究室との共同研究。本研究については以下で発表されている
鈴木美森,佐藤和紀,三井一希,中川哲,山本朋弘,堀田龍也(2020)プログラミング教育推進校における学習指導案の「本時の目標」に関する分析.全日本教育工学研究協議会 第46回全国大会
鈴木美森,佐藤和紀,三井一希,中川哲,山本朋弘,堀田龍也(2020)プログラミング教育推進校の実践事例における学年と教科に着目した特徴分析.日本教育工学会2020年秋季全国大会
鈴木美森,佐藤和紀,三井一希,山本朋弘,堀田龍也(2020)プログラミング教育推進校の実践事例における教材の使用傾向に関する調査結果.日本教育工学会研究報告集,20(2) - ※4
- アメリカの学習心理学者R・ガニエは学習成果を「言語情報」「運動技能」「知的技能」「認知的方略」「態度」の5つに分類した
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- 文部科学省 中央教育審議会初等中等教育分科会『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(中間まとめ)』(令和2年10月7日)では小学校における教科担任制の導入の可能性について言及している