インタビュー&コラム

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(2019/11掲載)

 いよいよ小学校新学習指導要領の全面実施が来年度(2020年度)に迫りました。これからの社会に適応した教育の実現のため、様々な改訂がなされた新学習指導要領。「プログラミング教育」の必修化が示されました。「来年度から円滑なスタートを切ろうと急ピッチで取り組みを始めようとしたけれど、どこから手を付けるべきかわからない…」「適切な教材を選ぶにはどうしたらよい?」といった教育委員会や学校現場の先生方の不安の声は、まだまだ尽きません。そこで、金沢星稜大学前教授・佐藤幸江先生、茨城大学准教授・小林祐紀先生をお迎えし、プログラミング教育の最前線に関わられてきた経験を交えながら「プログラミング教育」のこれまでと現在、そしてこれからできることをテーマに対談をしていただきました。

テーマ

これまでの取り組みに感じること

取り組みが進んでいる自治体は増えてきているのですが、まだまだ円滑な実施には遠いかなという感じがします。(小林)

佐藤 小学校プログラミング教育について、いよいよ本格実施までカウントダウンに入ってきています。文部科学省次世代の教育情報化推進事業『平成30年度教育委員会等における小学校プログラミング教育に関する取組状況等について』の調査の結果からも、2017年度よりもプログラミング教育の実施状況は良くなってきていると言えるのではないでしょうか。小林先生、現状についてどのように思われますか。

小林 データ上は、取り組みが進んでいる自治体は増えてきているのですが、まだまだ円滑な実施には遠いかなという感じがします。やはり自治体や学校によって温度差や格差が見られます。県レベルで言うと、茨城県の場合は昨年度から2年連続で県下すべての小学校から教員を集めて、プログラミングに関する研究会や講演会を開いています。しかし、このような取り組みまではできていない都道府県も多いのではないかと思います。

 また、小さな自治体では、教育委員会の情報教育担当者は何か他の担当との兼任になっており、情報教育には十分手が回らない状況です。このような自治体では、学校現場までプログラミング教育という言葉すら届いていないところもあります。

佐藤 文部科学省の分析でも、プログラミング教育の担当者を配置していたり、教員経験がある方が担当者になっていたりする自治体は、積極的に取り組んでいる傾向があると言われています。ただ、この点に関しては自治体ごとに事情がおありかと思います。そこで、2020年度からの小学校プログラミング教育の実施に向けて前向きに進めていくことを考えたとき、自治体、教育委員会、学校において、それぞれどういうことに取り組めばよいか、具体的にお話していけたらと思います。

そもそもなぜプログラミング教育が必要?

人口の減少が深刻な問題になっている地域もある中、コンピューターの助けを借りていかなければいけない。そのコンピューターやAIの仕組みがどうなっているのか、小学校からある程度楽しみながら学んで知っていくことが大事になってきそうです。(佐藤)

佐藤 そもそもプログラミング教育ってどうしてやらなければいけないんでしょうか。プログラミング教育の意義を巡っては文書に明記されているものが大変少ないです。多方面から様々な意見が出てきていて、それによって現場が混乱しているところがあるんですよね。

小林 内閣府が作成したSociety5.0の政府広報のムービーを見ると、実用化を待つばかりの最新技術が紹介されています。このビデオで予測されているように、私たちの社会の情報化は、これから先、さらに高度化することでしょう。近い将来のために、コンピューターの基本的な仕組みを知っておくことは非常に大事なことです。そこで、今回プログラミング教育が登場したわけです。

 また、政府が発表したデータによると、日本の人口は今後著しく減少していきます。一方で世界の人口は爆発的に増えています。それに伴い、産業構造も劇的に変わることでしょう。これまでの学校教育の中ではあまり重要とされていなかった新しいタイプの能力が必要になるだろうという予測のもと、始まったことの一つがプログラミング教育なのです。

佐藤 実はとてもシンプルなことなのですね。人口の減少が深刻な問題になっている地域では、その場所で便利で豊かな生活を送れるということが重要になってくるのではないでしょうか。そのような社会の実現には、コンピューターの助けを借りる必要がある。そのコンピューターやAIの仕組みがどうなっているのか、小学校からある程度楽しみながら学んで知っていくことが大事になってきそうです。

小林 本来であれば、プログラミングはあくまでも情報科学の一分野に過ぎないので、情報科学全体を学ぶ新しい教科をたてることが一番すっきりする形だと思いますが、今回はそうなりませんでした。各教科の内容と絡めて指導するというのが筋だということなのでしょう。理科の生物の仕組みの中でコンピューターと人間の違いについて考えたり、社会の産業構造を学ぶ中でコンピューターの話をしたりと、もっともっと各教科の中で関連させて教えていくことが可能なのではないかと思います。

政府広報オンライン Society5.0 WEBページ ソサエティ5.0「すぐそこの未来」篇

中学校・高等学校でも準備が必要

私が助言に入っている高等学校で先生方にお勧めしているのは、小学校・中学校の授業を見に行くことです。(小林)

佐藤 来年度小学校プログラミング教育が必修化になるということで注目されがちですが、新学習指導要領では、小学校プログラミング教育の必修化を含め、小・中・高等学校を通じてプログラミング教育を充実させることが求められていますよね。ですから、小・中・高等学校のつながりの中で考えていくことも必要ですよね。

小林 とても大事なことです。小学校の先生方が今やっている事は、中学校そして高等学校での学習の基礎になっていきます。例えば中学校では、情報活用能力が新学習指導要領の総則に書かれている以上、技術分野の話だけではなくすべての教科に関連してくるということをいかに意識して授業ができるかがポイントです。今まさに話題になっている「教科横断」や「カリキュラム・マネジメント」を取り入れながらでないと、情報活用能力は育むことができません。

佐藤 本当にそう思います。技術・家庭科の先生に任せるだけではなく、各教科とどう関連させていくかをそれぞれの学校で考える必要があります。これまで教科の専門性が強かった中学校において、教科の連携がどこまでできるかが大きな課題と言えましょう。さらに高等学校では、必履修科目となる「情報Ⅰ」にプログラミングの内容が入ってきますから、教える先生方は大変だと思います。

小林 多くの自治体の高等学校で、情報は他の教科の先生が兼任で教えているのではないでしょうか。そんな中、果たして小中学校あるいは家庭学習、民間の教育団体できちんとプログラミング教育を受けてきた子どもたちに十分な指導ができるのかが、問題になってくると思います。

佐藤 小学校のプログラミング教育の必修化の先に、実はさらに課題が山積しているということですね。

小林 本来であれば、高等学校レベルで到達させたいところから逆算して、中学校・小学校で教える内容を定めていけばよかったのですが、小学校ではもうスタートを迎えます。小学校でこんなことを学んできた子どもたちがいて、中学校ではさらにこんなことを学ぶ、その後高校ではどうするのかっていう逆の流れなので、どうしても難しくなりますよね。私が助言に入っている高等学校で先生方にお勧めしているのは、小学校・中学校の授業を見に行くことです。生徒が進学してくる周辺のいくつかの小中学校をピックアップしていけば、より確実にどのような教育を受けた子どもたちが入ってくるのかがわかります。それくらいしても良いのではないかと思います。

佐藤 小中学校の連携も少しずつ進んではいますが、さらに高等学校との連携も重要になってくるということですね。

自治体・教育委員会の今後の取り組みへのヒント

ポイントになってくるのは、ゼロから作るのではなく、既に公開されている情報をベースにすると良いのではないかということです。(小林)

学校教育法施行規則 別表第一(第五十一条関係)

佐藤 小学校プログラミング教育の必修化と言われていますが、学校教育法施行規則に示されている授業時数を見てみますと、プログラミングに取り組む時間は全く記載がありません。先生方にとっては「やる必要あるの?」とか、「どこでやったらいいの?」なんて話になってしまうのではないでしょうか。学校現場にそういう困り感を抱かせないために、まず、自治体はどのようにしていくのがよいでしょうか。

小林 どの教科・どの学年でプログラミング教育を実施していくかということを記したベーシックカリキュラムを示している自治体がいくつもあります。年間指導計画の中に組み込んでいるんです。そういった自治体では学校現場の先生方も今後の方向性をなんとなく理解していて、浸透しつつあるのではないかと思います。私が関わっているところでは、現場の先生たちに研究協力員のような形で依頼をかけて一緒に指導案を考え、その指導案とセットで年間指導計画のカリキュラムを各学校に配るという形で進めています。ただし留意すべきことはあくまでもベーシックカリキュラムであるという点です。各学校の実態に応じて修正が必要です。

佐藤 自治体としては、プログラミング教育を行う時間をどう作り出していったらいいのかというベーシックなカリキュラムを定め、どこの学校でもできるように示していくことが必要だということですね。

小林 その時にポイントになってくるのは、ゼロから作るのではなく、既に公開されている情報をベースにすると良いのではないかということです。これまでに様々な自治体・研究所・教育センターが情報を公開していますので、それらを参考に自分たちの自治体・学校で無理なくできそうなラインを探っていくというやり方なら、限られた時間を有効に使えるのではないかと思います。

佐藤 未来の学びコンソーシアムが運営するポータルサイト「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」でも事例を掲載しています。円滑な実施に向けての実施工程表の例も出ていますので、その辺りを参考に検討していただきたいですね。

ビジョンをもってすすめるICT環境整備

教育長がこれからの教育をどうしたいというビジョンを持っている自治体は必要な学習環境に予算が使われやすいということなんですね。(佐藤)

佐藤 文部科学省では、コンピューターを使ったプログラミング教育をすすめていますが、自治体によって整備に大きな差が見られますね。ICT環境の整備という面ではいかがでしょうか。

小林 そうですね。ちょうどこの雑誌が発行される11月の時点で、来年度こういうものを使うので購入してほしいという要求は既に済んでいないと、おそらく間に合わないのではないかと思います。もし済んでいないのであれば、再来年度に向けて確実に予算がとれるように働きかけていく必要があると思います。文部科学省はICT環境の整備のために地方財政措置で金銭的な支援をしています。しかし、地方財政措置の財源は用途について強制力がなく、どのように使われるかは自治体の判断次第なのです。ですから、関係部署に必要性を理解してもらい、予算として確保してもらう必要があるのです。教育委員会の担当者は基本的に元学校現場の先生なので、自治体の予算の確保の仕方には詳しくないですし、得意ではありません。そのため、プログラミング教育の重要性を理解してもらい、十分な予算を確保するところまで持って行くことが難しいのだと思います。うまくいっている自治体は何が違うかというと、教育長をうまく巻き込んでいます。教育長に理解してもらえれば、首長を説得できる可能性が高まります。夏休みや一般の平日の研修に教育長が参加するような自治体は、動きが非常にスムーズです。

佐藤 なるほど。自治体の予算は限られたものなので、教育長がこれからの教育をどうしたいというビジョンを持っている自治体は必要な学習環境に予算が使われやすいということなんですね。

小林 そのとおりです。また、新学習指導要領でのプログラミング教育や外国語、道徳に関する改訂について、根の部分は一緒で繋がっているものだということを理解していただくことも重要です。これらを別々で捉えるのではなく、「2030年以降の世の中を作っていく子どもたちにとって何が必要かと考えたときにどれも必要なのだ」と包括的に話をしていくと説得力が増すのではないでしょうか。

佐藤 様々な改訂について、包括的に考えていくことも必要なのですね。

※11月発行の教育情報誌「キューブランド」64号に掲載

学校現場における今後の取り組みへのヒント

先生自身も初めてのことが多いので、子どもたちと一緒に理解していくというスタンスがよいと思います。(小林)

佐藤 学校現場ではどんな準備をしていけばよいのでしょうか。学校現場の先生方はプログラミング的思考と授業のねらいをどう関連させて組み込んでいけばよいのかという点について悩んでおられるところだと思います。

小林 プログラミング的思考の定義は非常に手続き的です。あくまでもコンピューターを用いた体験をベースにした学習活動が必要で、さらに、その学習活動が各教科のねらいをより達成しやすくなるものでないとダメだという立て付けなんです。これまでも、タブレット端末をはじめとするICT機器が教科のねらいの達成にどう寄与するかが語られてきましたが、プログラミング教育になると、より輪をかけて難易度が高くなるのではないかと思います。新学習指導要領解説に例示されている理科のセンサーを使った制御や算数の正多角形の作図のように各教科のねらいにぴったりと合うものもあるのですが、数は少ないです。『小学校プログラミング教育の手引(第二版)』に掲載されているA分類とC分類あたりを中心に行っていくのがよいのではないかと思います。

佐藤 具体的にプログラミングに取り組む場面として、『プログラミング教育の手引(第二版)』では、内容をAからFまで分類していますね。A分類は、6年生理科の電気の単元や5年生算数の正多角形の単元など新学習指導要領に明確に例示されたものです。B分類は例示されていなくても教科で実施できるもの。C分類は必ずしも教科に位置付かないまでも授業で扱うことができるもの。D分類はクラブ活動等で行うもの。E分類とF分類は、教育課程外において学校が地域と連携する等で行うものとされています。C分類では、コンピューターに親しみながら、プログラミングする体験を楽しむというような活動も考えられますね。

小林 はい。そのような活動で、教科の中で使う前段階として、まずICT機器や教材の基本的な操作スキルや、プログラミングとはどういったものなのかという基礎を理解するということを体験的にやってみることがよいのではないかと思います。先生自身も初めてのことが多いので、子どもたちと一緒に理解していくというスタンスがよいと思います。

プログラミング的思考を育む授業づくりのポイント

教科の場面から要素の重なる部分を探し出して、そこでプログラミングを体験させていくことを考えるとよいということですね。(佐藤)

佐藤 アンプラグドと呼ばれる、コンピューターを使わない学習方法も先生方にとって取り組みやすいのではないかと感じますが。

小林 文部科学省の『小学校プログラミング教育の手引(第二版)』ではプログラミング的思考は繰り返して学習することで高次に育つということを示しています。言い換えると、単発で行うプログラミングの授業ではプログラミング的思考の育成は難しいということです。ただ、現状を見てみると、コンピューターを使った授業は数多く実施できない状況だと思います。そんなときに、学期に1回(年間3回)程度実施できたプログラミングの授業をつなぐという意味で、コンピューターを用いずにプログラミング的思考を働かせるような授業は位置づけられると思います。したがって、アンプラグドと呼ばれる学習方法は、決してプログラミング教育の中心にはなり得ませんが、必要な取り組みではないかと考えています。

佐藤 特に思考というのは、授業でやったからといってすぐに育つものではないんですよね。各教科等の内容を指導する中でプログラミング教育を実施する場合には、各教科等での学びをより確実なものとすることとプログラミング教育のねらいで言われていますが、こんなところを意識すると上手くいくのではという点があれば、アドバイスをいただけませんか。

小林 プログラミングを教科の中で実施するときには、先生自身が手続き的に示されたプログラミング的思考の定義を具体化したり、自動化できるプログラムの良さを取り入れられる場面を具体的に捉えたりすることが重要です。しかし、ぴったりな学習場面を見つけることは本当に難しいことです。そこで、例えば、各教科の中で順次・反復・分岐処理の考え方に当てはまる場面を見つけて、学習内容に関連させていくことやその部分をプログラムしてみるということが、方法の一つとして考えられると思います。

佐藤 教科の中で順次・反復・分岐処理といった考え方をする授業は、これまでも実施してきているわけですから、教科の場面から要素の重なる部分を探し出して、そこでプログラミングを体験させていくことを考えるとよいということですね。

小林 教科の学習内容とのつながりを見出せたら、これまでの授業づくりの知見が大いに活きてくるはずです。学習のねらいをどうしたらよいか、どこで協働的な学びを入れるか等ですね。また、授業で重要なことの一つとして、プログラミングするときの考え方が教科を学ぶときも活用できる、同じ考え方なんだということを意図的につなげてあげることです。思考は見えにくいものですから、教師が意図的につなげてあげることがとても重要です。

残りの時間でできることは?

プログラミング教育が何のために始まるのかという理念に立ち戻り、何からだったら自分あるいは学校でできそうかを考えるということに、残った時間を費やしていくと良いのではないかと思います。(小林)

佐藤 あと数か月後には小学校でプログラミング教育が本格実施されるわけですが、自治体それから各学校現場で、ぜひこれまでお話したようなことを取り入れていただいて、どこで育つ子どもたちも平等な学校環境の中で学んでいけるとよいなと思います。

小林 そうですね。残り時間も少なくなってきています。今からいろいろなものに手を出すよりも、プログラミング教育が何のために始まるのかという理念に立ち戻り、何からだったら自分あるいは学校でできそうかを考えるということに、残った時間を費やしていくと良いのではないかと思います。佐藤先生がおっしゃるように、小学校は公教育ですから、学校や先生によって取り組んでいるところもあれば取り組んでいないところもある、ということではいけません。全ての学校・全ての先生が実践していくために、みんなで進んでいく方法を考えなければなりません。文部科学省をはじめ、教育委員会、学校長がじっくりと考えていかなければならないことはまだまだあるのではないかと思います。

佐藤 プログラミング教育の実施を通して、未来を見据えつつ、どこに重点を置き、どこの力を抜くかという塩梅をカリキュラム・マネジメントで考えていくことも必要かもしれません。

小林 最終的には、情報という視点をもって過去を振り返ったり未来を見通したりできる子どもたちを育てていけたらいいなと思います。

佐藤 本日はありがとうございました。

WEB限定記事

新しい教科書での扱いは?

どの教科書にも共通して言えることは、新しい取り組みだけに、かなり力を入れて構成しているということです。(小林)

佐藤 いよいよ教科書も出来上がってきました。小学校を中心としたプログラミング教育ポータルでは、2020年から使われる小学校の教科書の中に見られるプログラミング教育に関する記載の一覧を公開しています。教科書会社によってだいぶ取り扱いが違っていて、使う教科書によって子どもたちに経験の差が出てきそうな感じがします。

小学校を中心としたプログラミング教育ポータル「2020年度から使用される教科書の中のプログラミング」

小林 難しいところだと思います。自治体が採択する教科書によって学習内容が変わってくることはあるかもしれませんね。ある会社の教科書の1年生から6年生までの算数では「アンプラグド」の手法も含めて掲載している一方、学習指導要領で例示がある5年生の算数と6年生の理科以外は載せていないという教科書もあるでしょう。教科書の選定はプログラミング教育の内容だけで行われる訳ではないので一概には言えませんが、「プログラミング教育をどのように捉えて推進していくか」という各自治体のビジョンによって、選ばれる教科書も変わってくるのではないかと思います。

 ただ、どの教科書にも共通して言えることは、新しい取り組みだけに、かなり力を入れて構成しているということです。先生にとっては教えやすく、子どもたちにとっては興味を持ちやすい内容になっていると思います。さらに、教科書の内容に沿った事例集や指導書、あるいは授業の中で使うプログラミングソフトをダウンロードできるような形で無償提供しているものもあります。

佐藤 先生方が教える際は教科書によるところが大きいと思うので、先生たちが取り組みやすいように工夫されていることは重要です。先生方は、まず教科書をよくご覧になって、子どもたちと一緒に授業を作り上げるというところから始めるとよいかと思います。

小林 それを基に、校内でどのように進めていくかという話もいずれ出てくると思います。

佐藤 その学年の担任になったから取り組むということではなく、すべての先生がプログラミング教育に関わるということを大前提に検討していく、つまりカリキュラム・マネジメントが必要になってきますね。

アンテナを高くし、学び続ける教師が求められる

先生も子どもたちと同じように一人の学習者として学ぶといったスタンスが良いのではないでしょうか。(小林)

佐藤 今年度のある自治体の教員採用試験では、Society5.0について説明する問題が出たそうです。先生方の意識も、学校だけで閉じるのではなく、社会に拓いていく必要があるということでしょう。豊かで安全な新しい社会にAIがどのように貢献するのかをきちんと理解したうえで、これからの子どもたちに必要な力をどう育てるか考えながら授業づくりをしていくという意識が、これから先生になろうとしている方にも求められています。

小林 指導する上で意識化するというのはとても大事なことですね。茨城県の教員採用試験においても小学校プログラミング教育の目的や情報セキュリティの基礎的な理解、タブレット端末を使った授業に関連する自己評価項目が見られたようです。各自治体もかなり意識し始めているというのは間違いないでしょう。

 今求められているのは、まさに「学び続ける教師」です。大切なのは、全てを理解することではなく、アンテナを高くして関心を持つということです。先生も子どもたちと同じように一人の学習者として学ぶといったスタンスが良いのではないでしょうか。プログラミングに限らず、先生自身が学び続ける姿勢を子どもたちに見せていくことはとても大事なことだと思います。

 これからどういった世の中になるのかということに対してアンテナを高くしておき、さらに、子どもたちと共に「どんな世の中になるのか、どんな世の中にしていきたいのか」といったことを考える授業もあると思います。今までの生活の何がどう変わってくるのかを考えるきっかけになればよいですね。

佐藤 プログラミング教育という新しい言葉が入ってきたことを授業改善の良い機会と捉えられるか、仕方なく行うのか。どのような授業をするにしても、そこが大きなポイントですよね。プログラミング教育を含む情報活用能力は、今回の学習指導要領の総則の中に「学習の基盤となる資質・能力」として明記されているので、本来全員の先生方が意識するべきことです。しかし、こういったことについて、ご存知ない先生方も多いのが現状です。校内研修で改めて学習指導要領の総則を読んでみるという取り組みもよいかもしれません。

小林 そういったことを意識するために重要なのは、まず教師という職業が、いかに流動性が少なく閉鎖的な環境になりがちなのかを理解することです。民間の企業に就職した場合、数年で転職したり、県外の事業所や海外勤務を命じられたりすることが一般的です。一方、教師は定年まで勤めあげる方が多く、異動になったとしても比較的自宅から通える範囲であることが多いです。そういった特異な環境を前提として実感し、積極的に広い視野を求める意識を持つ必要があるのではないかと思います。

佐藤 今までは限られた地域の中で、学習指導要領を基に教えているだけでもよかったところが、さらに加えて世の中の変化を意識する必要が出てきているのですね。まさに、教師も主体的に学ぶ姿勢が大事ですね。ただし、そのためには時間が必要ですね。

小林 はい。ただし、社会の動きやプログラミング教育を見ているだけでは不十分なところもあります。OECDの調査では小学校の先生が1週間に職能開発にあてる時間は42分(0.7時間)という結果がでました。信じられないほどの少なさです。このような現状にもかかわらず、外国語や道徳、プログラミングと新しく教えるべき内容が入ってきてしまっては、取り組もうにも十分取り組めないというのが先生方の現状です。

佐藤 これまでの体制をそのまま続けていては無理が生じるということですね。

小林 難しいところだと思いますが、もう少し学校全体の仕組みや体制を整えて、新しいことを取り入れやすくしていくことが是が非でも必要だと思います。これは基本的には政治の責任であります。だけど私たち一人一人も自分事として考えていく必要があります。

※OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018

プログラミングを授業に取り入れることで、変わること・変わらないこと

プログラミング教育がさも新しいことのように聞こえますが、実は今までの教師の力量が十分生かされる場でもあるのですよね。(佐藤)

佐藤 小林先生も実際に多くのプログラミングの授業の助言に入られてきたかと思いますが、プログラミングを授業に取り入れると、何か変化があるのでしょうか。

小林 そうですね。子どもたちに任せる時間が劇的に長くなるということでしょうか。

佐藤 確かに、プログラミングの授業を見ていると、先生が説明する時間はすごく短いですね。

小林 子どもたちが自分でじっくりと考えたり、他者と交流しながら新しいアイデアを思いついたりするには、最低でも15分間はプログラミングに取り組むが時間欲しいです。授業の3分の1の時間をまるまる子どもたちに任せるということは、先生方にとっては怖いことなんですよね。しかし、それをあえて実践することで初めて、プログラミングの授業は成立するのです。

佐藤 私が行った研修でディスカッションや体験の時間を10分間設けたとき、先生方の体感時間を伺うと「5分だ」とおっしゃる先生が多いです。自分たちが主体的に活動している時間は本当に短く感じるものなのです。子どもたちにはたっぷりと体験の時間を確保してあげて、その中で考える場をつくっていくような授業が、プログラミング教育をとおして実現されていくといいな思います。

小林 他にも、プログラミングの授業は色々な可能性を感じるので、非常に面白いです。先生方は子どもたちの自由な発想を認めざるを得ないので、様々なアイデアが出たときに、どのように多様性を認め合い、さらに交流させながら合意形成を図っていくかを必然的に考えることになります。すると、主体的・対話的が当たり前の授業になっていきます。授業のスタイルが変わっていくんです。さらに、多様性という意味では、他者の違いを尊重しあえるような人格形成につながっていきます。

佐藤 こうして話していると、プログラミング教育がさも新しいことのように聞こえますが、実は今までの教師の力量が十分生かされる場でもあるのですよね。

小林 はい。プログラミングの授業は、学習環境はもちろん、教師の見取りが大切になってきます。子どもたちがどんな考え方をしていて、何に躓いているのか。他の誰の考え方とどのように結びつけてあげるとうまく化学反応を起こせるのか。そういったことをつぶさに見取っていくこと。このような力は、前々から重要だと言われていますよね。逆に言えば、力量が無ければ授業として成立しないということです。

自治体主催の研修・校内研修 それぞれの実施のポイント

先生方は基本的には勉強しますし、学び合い、教え合い、助け合ってもいきます。こうした先生方の協働性を大事にした研修が、うまくいっているような気がしますね。(小林)

小林 佐藤先生は教育委員会から依頼されて研修をされることも多くあるかと思いますが、何か課題に感じられることはありますか。

佐藤 フィードバックが少ないことではないでしょうか。教育委員会主催の研修は一回で終わってしまうことが多く、その研修がどう生きたのかを知る機会が少ないと思います。何かしらのフィードバックを設定しておかないと、受講する先生方の受講姿勢は、いつまでも受け身のままのような感じがします。

小林 確かにそうですね。教育委員会だけでなく、校内研修を企画する各校の情報教育担当者や研究者にも何らかの方法でフィードバックがあったほうがよいと思います。

 小さい自治体に限定されますが、情報教育担当の指導主事が地区を分けて自治体内の学校をこまめに訪問して指導しているところもあります。このように現場に足を運ぶ機会がある場合、研修が生きているか、どんなふうに校内に還元したか等を話題にして、現状を掴んでいく方法が考えられます。

 また、私が関わっている茨城県のある自治体では、自治体主催の集合研修を受けた各校の担当者が中心となり、同内容の研修を各校で行うことになっています。その際、自治体へのフィードバックとして、各校での研修実施後に報告書を提出してもらうようにしていました。

佐藤 なるほど。では、校内の研修はどのようにするのがよいでしょうか。もし、これまで全くプログラミングの授業を実施していないのであれば、3月までの間に一度でも模擬授業を行い、校内の先生方全員で検討する機会が設けられるといいですよね。

小林 はい。それから、校内では自由意志で参加できる研修も検討してみて欲しいですね。伝達という意味では、校内の先生方全員が集まって行う研修も必要だと思いますが、全ての校内研修をそうする必要はないと思うんです。先生方一人ひとりのニーズに合わせて、15~30分の自主研修を定期的に開催してみてはいかがでしょうか。例えば、今回は「操作に自信がない先生方向け」というようにテーマを決めるイメージです。

 最初は参加者が少ないかもしれませんが、先生方が本当に必要だと感じれば徐々に増えていきます。先生方は基本的には勉強しますし、学び合い、教え合い、助け合ってもいきます。こうした先生方の協働性を大事にした研修が、うまくいっているような気がしますね。

佐藤 若手の先生方が企画したある研修会では、様子を見にいらしたベテランの先生方が授業の話をする一方、若手の先生方がベテランの先生にコンピュータの使い方を教えるといった交流が生まれていました。様々なアイデアを取り入れながら、研修会の形も変わっていっているようですね。

小林 それから、外部人材や企業の様々なサービスをうまく利用することも重要です。ある地域では、プログラミング教室の先生をお呼びして、校内研修を行ったそうです。プログラミング教室の先生は様々な教材を知っていて、どの教材が何に向いているかを把握していますから、学べることは多いのではないでしょうか。

佐藤 そういった人材がいるということを把握しておくことも、重要ですね。そして、それらの人材をうまく授業に関わっていただくことも検討したいですね。ここもまた、カリキュラム・マネジメントに関わるところです。

佐藤 幸江

金沢星稜大学 人間科学部 前教授

横浜市の公立小学校主幹教諭を経て、2013年度より金沢星稜大学人間科学部教授。2018年度にて退職。2019年度より金沢星稜大学、フェリス女子学院大学、城西大学非常勤講師。教育工学や教科教育法を専門として研究。これまで、「平成30年度文部科学省委託事業 小学校プログラミング教育の円滑な実施に向けた教育委員会・学校等における取組促進事業」委員をはじめ、様々な委員・理事、各地域のICT推進事業、プログラミング教育推進事業や各学校における校内研修の講師等歴任。主な著書に『タブレット端末で実現する協働的な学び』中川一史、寺嶋浩介、佐藤幸江(編著)フォーラム・A(2014)等。

小林 祐紀

茨城大学 教育学部 准教授

金沢市内公立小学校教諭を経て2015年4月より現職。専門は教育工学、情報教育、ICTを活用した実践研究。各地域のICT推進事業や各学校における校内研修の講師多数。茨城県内はじめ、全国各地にて小学校プログラミング教育に関する研修講師も多数実施している。「文部科学省委託事業 小学校プログラミング教育の円滑な実施に向けた教育委員会・学校等における取組促進事業」委員等を歴任。主な著書に『小学校プログラミング教育の研修ガイドブック』小林祐紀・兼宗進・中川一史(編著・監修)翔泳社(2019)等。

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