インタビュー&コラム

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子供たちに求められる「資質・能力」と育成のための授業


上智大学 総合人間科学部 教育学科 教授
奈須 正裕

(2018/12掲載)

著書『「資質・能力」と学びのメカニズム』について

 今回の学習指導要領では教える内容の再整理が行われました。日本の子供たちは知識はあるものの、グローバル化・AI化が進む中、「本当に知識があるだけでよいのか」という議論がなされました。「学力」という概念も単に知識の所有だけではなく、そこから新しい価値を生み出したり、とっさの判断をしたりすることを指すようになっています。
 『「資質・能力」と学びのメカニズム』は、学習指導要領で言われていることがどのような背景から生まれたのか、整理し解説したものです。
 管理職の先生や指導主事といった先頭に立って学校の教育を考える立場の方々はもちろん、現場の若い先生方にも読んでいただき、今後の教育にはどのようなことが必要なのか、知るための第一歩にしてほしいです。

本来子供は学ぶ力を持っている

 赤ちゃんが生まれながらにして持っている、周りの世界と関わり、学習していく、その力を「コンピテンシー」と呼びます。つまり、子供はもともと学ぶ力・新しい価値を生み出す力をもっているのです。本来子供はそういったことが得意なのです。これからの子供たちには、この力が必要なのですが、これまでの学校教育では「静かに座って話をきく」ことが基本とされ、子供たちの本来の力は発揮されてこなかったのです。これからは子供たちが本来もつ「コンピテンシー」をいかに学習に生かしていくかということが大切です。

子供たちに求められる資質・能力について

 求められる能力が変わってきたことの背景には、社会生活に正解がなくなってきていることが挙げられます。そのような社会の中で、知識とは単なる情報に過ぎません。その情報をいかに生かし、新しい価値を生み出したり、判断を下したりしながら、未知の問題を解決していけるか。この能力こそが、子供たちが社会に出るまでに身に付けなければならないものなのです。  これらの能力を具体的に3つの柱に整理したのが、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」です。

「資質・能力」の育成のためにどんな授業が必要か

 「資質・能力」を育成するためには、将来使う状況に合わせて知識を学ばせる=「オーセンティックな(真正の)学習」が効果的です。現実には、教科書の知識だけでは解決できない問題がたくさんあるからです。

 具体的に算数と国語の例を挙げましょう。

●算数
 例えば、トマトを1パック買うという場面ですが、これまでの教科書には個数あたりで値段を割って1個あたりの値段が高いか安いかで損得を判断させていました。ところが、実際の生活ではそれだけが買うか、買わないかの判断基準になるのではありません。1個当たりの値段は高くてもリコピンが豊富に含まれている方を買うという人もいると思います。
 また、マヨネーズは様々なサイズのものが販売されています。単純な計算でいけば、量が多いものほど単位あたりの値段は安くなりますので、大きなサイズを買うのが得だという結果になります。しかし、一人暮らしの人は単位あたりの値段が高くても、使い切れる小さなサイズを買うでしょう。
 知識を教えるときは、このようにどういった場面で、またどのような理由で「使えるか」、さらに「使えない」場面もあわせて教えることが大切なのです。こうした算数をMath in contextと呼びます。

●国語
 80年代にWhole languageという言葉が出てきました。国語の教育とは、言葉の発音や文字の間違いを直すことに終始するのではなく、現実社会で行われている意味ある言語活動に可能な限り近い学習活動をしていくことが望ましいという考えです。
 例えば「読書をする」ことの先に本のおすすめや、帯を書いてみるといった活動を設定することにより、読書の先に要旨をまとめるという目標ができます。
 このような実際の社会と似た活動を学習の中に取り入れることで、子供たちの学びの質は上がります。具体的なストーリーの中で学習するだけで、子供たちは一見難しいと思われる課題でもどんどん解決していくことができるのです。

授業デザインのポイントとは…

 教員には授業改善が求められています。なぜなら、前述のとおり、学力観がこれまでと変わったからです。授業デザインはこれまでと逆転するといってもよいでしょう。
 これまでの授業デザインは「基礎ができなければその先にすすめない」という原理が根底にあったように思います。しかし、それでは子供たちにとっては退屈なのです。新しいことを学んだら、すぐに使わせてみることです。そこでは、順番に基礎を教えるよりもより真正な学びを得ることができます。
 例えば、英語であれば、新しい単語や文法を覚えたら、スペルの間違いや発音にこだわったりせず、すぐに使わせてみることです。基礎をおろそかにしてよいということではありませんが、「教えていないことはやらせない」という考え方では、子供たちからせっかくの学びの機会を奪ってしまうことにつながります。
 細かいことは気にせず、正確に知らないことでもまず使わせてみれば、子供たちはおのずと学んでいくのです。
 具体的には下図のような授業が考えられます。

●1年生で大きな数を扱う

子供たちは、お店でお金を使うシーンなど、生活の中ですでに大きな数を知っている。

●習っていない漢字を使って自分の名前を書いても良いことにする

普段からクラスの友達を名前で呼んで知っている。読めなくて困ることはほとんどない。

●音楽でシーケンサーを使って和音や作曲の学習をする

器楽の技術が追いつかない子供たちも気にせず学べる工夫。

●必要があれば4年生でも包丁を使った調理を体験させてみる

包丁の正しい使い方を学ぶのは5年生だが、家庭ではお手伝いなどで既に使っている子もいる。

●中学2年生英語で調べたことを英語で発表したり議論したりする

勉強したことを使って意味のあることに繋げる。そのとき、単語や文法の誤りは細かく指摘しない。子供たち自身が英語で話すことを楽しいと思えれば、自ら英語に触れる時間が増え、力も身についていく。

 日本のカリキュラムは、ある基準までできるようになったら次に進むという積み立て方式で行けるところまで行くようなイメージです。しかしこの方法では、なかなか子供たちの資質・能力を育成することはできません。一方、他の国のカリキュラムを見てみると、まず目指す水準が明確にあり、そこから逆算してどの学年でどの学習をするのかを決めているのです。まずは教員が意識して授業を変えていくことが必要ではないでしょうか。

評価の仕方はこれまでと変わらない

 ここまでお話しすると、では、「評価はどうしていけばいいのか」と不安に思われるかもしれません。しかし、評価の仕方はこれまでと大きくは変わりません。「何ができるようになったか」を評価し、それを足場に「どうすればもっとできるようになるか」を助言し、支えていけばよいのです。

学校の先生方へ

 これまで、現場の先生方は、大学入試や高校入試を見据えて、知識をつけること優先の授業をしてきたのではないでしょうか。そのような教え方に疑問を感じられてきた先生方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その大学入試や高校入試も、今後「知識だけでは通過できない」ものに変わっていくのです。それを見据え、小学校・中学校の先生方は子供に教えるべきことを見直す時期に来ているのではないでしょうか。今回の学習指導要領の改訂を機に、一度考えてみるのもよいかもしれません。

奈須先生書籍のご紹介

「資質・能力」と学びのメカニズム(東洋館出版社)

中央教育審議会キーマン・奈須正裕教授が新学習指導要領を徹底的に読み解く―。
平成29年3月に告示された新学習指導要領では、その議論の流れからして、従来の改訂とは根本的に大きく異なりました。本書では、改訂に関わり数々の部会の委員を務めた著者が、議論する中で重要であったこと、気付いたことを余すところなく綴ります。また、今改訂の主題の一つとなった「資質・能力」論の背景を中心としながら、「社会に開かれた教育課程」が学校や教師に何を求めているのか、体系的に解説します。「論点整理」「審議のまとめ」「答申」「告示」を順番に併せて読むと、新学習指導要領のもつメッセージが目の前に鮮明に広がり、そして実際に活用できるようになるでしょう。2030年、そしてもっと先。これからの教育の在り方を導く羅針盤となる一冊の誕生です。

詳しくは東洋館出版社ホームページをご覧ください。

http://www.toyokan.co.jp/

奈須 正裕 先生

【 略 歴 】
上智大学総合人間科学部教育学科教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程教育心理学専攻を単位取得退学、博士(教育学)。神奈川大学助教授、国立教育研究所教育方法研究室長、立教大学教授などを経て平成17年より現職。新学習指導要領の作成にあたって、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会、教育課程企画特別部会、総則・評価特別部会他多くの部会に委員として参加、重要な役割を担う。『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)をはじめ、教育に関する著書多数。

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