インタビュー&コラム

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新学習指導要領と伝えるチカラと学びのツール


放送大学教授
デジタル表現研究会(D-project) 会長
中川 一史

(2018/03掲載)
※記載の情報は取材当時のものです。

 平成29年3月に公示された新学習指導要領には、情報化・多様性が進む社会の変化を受け、新たな要素が盛り込まれました。その一つに「情報活用能力」があります。これまでも育成が重視されてきましたが、新学習指導要領ではより明確な表現で記載されました。それに伴い、子どもたちに求められる能力はどのように変わったのでしょうか。また、教師はどのように授業を工夫していけば良いのでしょうか。長年、大学の研究者や現場の先生方とともに授業実践に関する研究をされてきた放送大学教授・デジタル表現研究会(D-project)会長の中川一史先生に解説いただきます。

学習指導要領の改訂と子どもたちに求められる力

 今回の学習指導要領改訂は、情報活用能力をより重要視したものとなった。2016年に公開された中央教育審議会の答申 ※1 では、「育成を目指す資質・能力の具体例については、様々な提案がなされており、社会の変化とともにその数は増えていく傾向にある。」としながら、「例えば言語能力や情報活用能力などのように、教科等を越えた全ての学習の基盤として育まれ活用される力について論じているもの。」と、例えとは言え、教科等を越えた全ての学習の基盤として育まれ活用される力として、情報活用能力は言語能力と並び紹介されている。これまでも、情報活用能力に関しては児童生徒にとって必要な能力であり、それを教員がどの程度意識するかの問題ではあったが、きちんと明文化された意味は大きい。

 また、新学習指導要領には、問題解決や児童生徒自ら考えることについては、かなり踏み込んで書かれている印象がある。これに先立って出された前述の答申では、思考・判断・表現の過程として、以下3つを挙げている。

  • 物事の中から問題を見いだし、その問題を定義し解決の方向性を決定し、解決方法を探して計画を立て、結果を予測しながら実行し、振り返って次の問題発見・解決につなげていく過程
  • 精査した情報を基に自分の考えを形成し、文章や発話によって表現したり、目的や状況等に応じて互いの考えを伝え合い、多様な考えを理解したり、集団としての考えを形成したりしていく過程
  • 思いや考えを基に構想し、意味や価値を創造していく過程

中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』(平成28年12月21日)第1部 学習指導要領等改訂の基本的な方向性 第5章 何ができるようになるか -育成を目指す資質・能力- 2.資質・能力の三つの柱に基づく教育課程の枠組みの整理 ②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・ 判断力・表現力等」の育成)」 より

これらを軽やかに児童生徒ができる授業づくりをしっかりと検討する必要がある。

 さらに、国立教育政策研究所がまとめた「平成26年度全国学力・学習状況調査の結果について(概要)」によると、子どもたちは判断の根拠や理由をもとに自分の考えを述べることに課題があったという報告がされている(図1)。自分の思いや考えをどのように表現させていくのか、子どもたち自身で考え、判断し、実行していく力を身に付けさせることが求められているのである。さらに、各教科・領域それぞれに特化して授業を組み立てていくことは当然重要だが、一方、教科横断的に考えていくことも視野に入れるべきである。

小学校

<国語>
立場や根拠を明確にして話し合うことについて,発言をする際に一定の立場に立ってはいるが,根拠を明確にした上で発言をする点に,依然として課題がある。
<算数>
図を観察して数量の関係を理解したり,数量の関係を表現している図を解釈したりすることに課題がある。
数量の大小を比較する際に,根拠となる事柄を過不足なく示し,判断の理由を説明することについて,改善の状況が見られる設問もあるものの,依然として課題がある。

中学校

<国語>
自分の考えを表す際に,根拠を示すことは意識されているが,根拠として取り上げる内容を正しく理解した上で活用する点に課題がある。
文章や資料から必要な情報を取り出し,伝えたい事柄や根拠を明確にして自分の考えを書くことについて,説明する際に,文章や資料から必要な情報を取り出してはいるが,それらを用いて伝えたい内容を適切に説明する点に,依然として課題がある。
<数学>
記述式問題は,特に確率を用いた理由の説明,グラフを用いた方法の説明に課題がある。
図形の性質を証明することについて,着目すべき図形を指摘することは良好であるが,方針を立て,証明を書くことに課題がある。

図1:文部科学省 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程企画特別部会
『教育課程企画特別部会における論点整理について(報告)』(平成27年8月26日)
教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料 より

情報活用能力の育成のために

デジタル表現研究会(D-project)の取り組み

 先に示した答申によると、情報活用能力とは、「世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉えて把握し、情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決したり自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力のこと ※2 」とされている。

 こうした資質・能力が求められる中で、筆者が会長を務めるデジタル表現研究会(D-project)では、子どもたちに身に付けさせたい能力を、「メディア創造力」として整理している。D-projectが提唱する「メディア創造力」とは、「メディア表現学習を通して、自分なりの発想や創造性、柔軟な思考を働かせながら自己を見つめ、切り拓いていく力」を意味する。
 メディア表現学習は、単に情報を盛り込んで表現物を作れば良い、ということでは決してない。大切なのは、「世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉え」た上でどのような力をつけるのか、また、どのような目的をもって表現するのか、そのプロセスはどのようなものなのか、ということを明確にしておくことである。
 この「メディア創造力」の学習プロセスに合わせ、メディア表現学習についての到達目標を、4項目(各3観点)それぞれ5つのレベル(小学校低学年?高等学校レベル)で整理して、提示・公開している(図2)。

図2:「メディア想像力」の到達目標
クリックすると拡大表示します。

D-projectの活動についてはこちらをご覧ください
D-projectホームページ http://www.d-project.jp/2017/

授業デザインのための4つのプロセス

「メディア創造力」を育成するための授業デザインに必要な仕掛けとして、以下が挙げられる。

A.課題を解決しようとする力 「相手意識・目的意識をもつ」こと

まず「誰に伝えたいか」という相手意識や「何のために伝えるのか」という目的意識をはっきりさせておくことが大切である。これらが十分でない中で制作活動に取り組んでも、児童生徒は活動に必然性を感じられず、「ただ作っただけ」で終わってしまい、そこに学びは生まれない。

B.制作物の内容と形式を読み解く力 「見る」こと

ホンモノ(=プロが作ったメディア表現物)をつぶさに観察し、そこに込められた工夫や思い、こだわりを学ぶ。児童生徒はそれらの工夫について「見えているけど、見ていない」ことがよくある。どのような視点で工夫を意識させるか、教師の力量が問われるところだ。

C.表現の内容と手段を吟味する力 「見せる・つくる」こと

成果物を作る中で、時には失敗を経験させながら、トライ&エラーでブラッシュアップしていく。子ども同士で話し合いをする機会を設け、協力しながら、少しでも良いプレゼン、作品になるような建設的な妥協点を探っていく。

D.相互作用を生かす力 「振り返る」こと

自己評価や他者評価など、自分の作品を客観的に振り返る機会を設け、ホンモノから学んだ工夫点が効果的に生かされているかどうかを振り返る。

さらに、この4つのプロセスが完了したところで終わることなく、図3のようにスパイラル状に高まっていく姿を見通し、授業デザインをしていくことが鍵となる。

図3:メディア表現活動プロセス

思考を可視化するツールの活用が有効

 情報の扱い方に関しては、2017年に公示された新学習指導要領の国語科においても反映されている(図4)。例えば、小学校学習指導要領解説 国語編 第2節 国語科の内容 2 〔知識及び技能〕の内容 (2)情報の扱い方に関する事項によると、「(略)情報の扱い方に関する『知識及び技能』は国語科において育成すべき重要な資質・能力の一つである」としている。特に、「情報の整理」における「比較や分類の仕方」「情報と情報との関係づけの仕方」「図などによる語句と語句との関係の表し方」などに関しては、児童生徒の考えを可視化するツールの活用がますます有効になってくる。

図4:小学校新学習指導要領解説(国語編)「情報の扱い方に関する事項」から

 そこで、タブレット端末環境下で児童生徒が情報を分類・整理することに活用できるアプリケーション <E-VOLVOX>をスズキ教育ソフトとの共同研究で開発した。プレート(プレゼンテーションにおけるスライドに相当)を重ねるとリングにすることができ、それらを一つのテーマや話題として扱うことを想定する。また、3つの階層に整理することもできる(図5)。
 このようなツールを使って、上位概念・下位概念を明確に意識することができる。例えば、自分の考えを階層的に整理したり、グループ内でアプリの画面を示しながら議論したり、自分の考えをどのような順で話すのか検討したりすることへの活用が期待できる。

図5:<E-VOLVOX>操作画面(左からプレート、リング、階層)

 <E-VOLVOX>を活用した事例を紹介しよう。D-projectのメンバーでもある鳥取県岩美町立岩美中学校の岩﨑有朋教諭の実践である。中学校第3学年・理科「自然界のつり合い」の授業(6時間目/全8時間)だ。本時は「動植物や微生物の関係性を栄養摂取の視点でとらえ、それらの生物が互いに関連し合いながらつり合いを保っていることを理解する」という理科の教科としてのねらいに迫りつつ、同時に「どのような質問があってもそれに対応できるようにプレゼン資料に修正を加えることができる」という表現に関することもねらいとしている。この資料作成に、<E-VOLVOX>を生徒1人1台タブレット端末環境で活用している(図6)。

図6:生徒の活用の様子

 情報の整理・分類に活用できるアプリケーションは、実に様々なものがあるが、上位概念・下位概念の構造を明確に意識できるアプリはまだ見受けられない。紙では試行錯誤と保存・共有を両立させることはやりにくいため、<E-VOLVOX>の活用が有効だ。

さまざまなツールを体験、適切な選択ができるようにする

 岩﨑有朋教諭の実践では、各グループの生徒が「分かりやすい説明をするための適切なツール」を選んだ結果、タブレット端末だったり、紙のワークシート、教科書、模型だったりと、さまざまな選択になることがある。このようになるのは、機器の整備だけではなく、児童生徒のスキル向上が必須である(図7)。スキル向上とは、単に操作ができる、ということではない。流暢に活用できる、ということである。それには、活用の段階を見通すことが重要だ。まず、そのツールへの経験が必要であり、使う頻度を高めていかなければならない。たまにしか使っていない状況では、目新しさが取れず、子どもたちの意識はいつまでもツールそのものにいってしまう。長い時間をかけてさまざまなツールを体験し、さらにはその特徴について意識する(教師からすると「させる」)場面が何度もあったからこそ、目的や場面に応じたツールの適切な選択ができるようになる。

図7:児童生徒主体のICT活用

 このように、タブレット端末環境を問題解決や交流場面で効果的にかつ適切に活用することが求められている。これまで教室で使われていた機器は電子黒板をはじめとする大型提示装置や実物投影機が主流であった。それらは教室にあっても1台なので、教師が完全に使用時期や使用方法をコントロールできるものであった。ところが、最近になって児童生徒の手元にタブレット端末がやってきた。これまでのように教師が全てコントロールしようとすると、操作指示や注意といった教師の発言が多くなって、肝心の活用に注力できない。

 今後の学校の授業では、流暢な活用に至る段階的な見通しと、児童生徒がイニシアチブを握るといったことへの発想の転換が必要なのだ。

中川 一史 先生

【 略 歴 】
放送大学教授
デジタル表現研究会(D-project) 会長
横浜市の小学校教諭、金沢大学教育実践総合センター助教授、メディア教育開発センター教授を経て、2009年4月より放送大学教授。

デジタル表現研究会(D-project)とは?

 学校や家庭に様々なデジタルメディアが入ってきている現在、授業の中にもそれらを取り入れていくことが必要になってきています。そんな中、情報機器に惑わされることなく、子どもの学びを見つめた授業デザインをしていくことを目指し、2002年4月に発足したのがデジタル表現研究会(D-project)です。全国の小中高等学校の教師と大学の研究者を中心に活動を続ける中、こうしたデジタルメディアを通した教育は、子どもたちの発想力や企画力、表現力といった「豊かな学力」の育成に有効であるということが分かってきました。
 そこで、2006年にスタートした新生・D-projectでは、表現学習を通して、自分なりの発想や創造性、柔軟な思考を働かせながら自己を見つめ、切り拓いていく力、つまり「メディア創造力」という新たな視点から授業づくりを考え、「基礎基本」 の徹底に結び付く実践を提供していきます。

主な活動

 全国の小・中・高等学校の精鋭の実践者と大学に所属する研究者がワーキングチームを作り、「メディア創造力」を育てる新たな授業プランを研究しています。多くの企業もオブザーバーとして関わっています。

活動の3つのキーワード

セミナーへの参加をご希望の先生方

 D-projectは全国各地に支部を置き、セミナーを開催しています。ご興味をお持ちの方は、最寄りの支部のセミナーにご参加ください。
北海道支部、茨城支部、関東支部、東海支部、金沢支部、関西支部、香川支部、松山支部、高知支部、熊本支部、沖縄支部

プロジェクトへの参加をご希望の先生方

 D-projectでは、プロジェクトへの参加者を募集しています。一緒に授業デザインを考えていきませんか?
お申込みや詳しい活動の様子はこちらまで
http://www.d-project.jp/2017/

※1 中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』 (平成28年12月21日)第1部 学習指導要領等改訂の基本的な方向性 第5章 何ができるようになるか -育成を目指す資質・能力- 1.育成を目指す資質・能力についての基本的な考え方 より
※2 中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』(平成28年12月21日) 第1部 学習指導要領等改訂の基本的な方向性 第5章 何ができるようになるか -育成を目指す資質・能力- 4.教科等を越えた全ての学習の基盤として育まれ活用される力(情報活用能力~情報技術を手段として活用する力を含む~の育成) より
スズキ教育ソフト