①技術・家庭科 技術分野での授業力の向上を鍵としたICT活用
技術・家庭科の技術分野(以下「技術分野」と表す)は、「情報の技術」を指導内容として扱う唯一の教科である。情報モラルを例にすると、図1のように、「技術分野」では、学校全体での取り組みに情報技術からの「理由や根拠」を加えた指導により、情報モラルに関して主体的に対応できる力を養う。
図1:情報モラルの学校全体での指導体系
パソコン単体利用からインターネット活用、そしてスマートフォン時代と、私たちを取り巻く情報環境はめまぐるしく変化する。そのような情報環境で必要とされる情報モラルは、時代時代に起きる一時的な情報モラル現象を回避する力だけではない。流行にとらわれない普遍的な「情報の技術」に対する「見方・考え方」に基づき、「情報の技術」の進展に即した環境状況で主体的に対応できる情報活用能力を養うのが「技術分野」である。
一方で、「技術分野」は、ICT活用についての様々な活用法を「情報の技術」と関連させて扱い、学校全体の情報教育の要としての役目を果たす必要がある。しかし、現実的には、非常に少ない授業時数で、学校全体のICT活用を含めた情報教育の内容を扱うには困難がある。また、次の学習指導要領改訂では、「D 情報に関する技術」で扱う内容が増えることが予想される。従来と同じ授業時数で指導して、教科のねらいに迫るには、限られた授業時数で授業力を向上する多面的な工夫が必要になる。
さらに、授業時数が少ないためか、キット教材をつくるだけで終わる授業が多く見られ、限られた授業時数の制約で教科のねらいを達成していくことが「技術分野」にとって大きな課題である。
これら課題解決の鍵となるのが、ICT活用である。技術の進展に主体的に対応できる力を養うため、ICTを上手に活用して、限られた授業時数を有効に使い授業力の向上につなげていく必要がある。
ICT活用は、コンピュータ等の情報機器やインターネット等の教材手段を学習のねらいを考えずに闇雲に扱うのでなく、「学力の3要素」に即して学習を効果的に進めることを考えながら、授業力向上を進めていく工夫が求められる。
ここでは、ICT活用により、技術の進展に主体的に対応できる力を養うため、限られた授業時数を有効に使って授業力を向上させていくポイントを提言していきたい。
②授業力向上に必要なサンドイッチ型※の授業(題材)構成
ある授業に参加した時のことである。教師が長時間かけ一生懸命に作業に必要な基礎技能や知識の説明をしているが、生徒は聞くフリをしたり、あくびをしている。そこで、教師が「あくびするんじゃない、作業で大事なことだから話をよく聞きなさい」と注意していた。
生徒があくびをする真の原因を追及する必要があると、皆さんはお分かりと思う。図2のように一方的な教師伝授の授業形態をアクティブ・ラーニングの視点である「主体的・対話的で深い学び」を取り入れたサンドイッチ型の授業構成に改善して授業力を向上させていく必要がある。
図2:授業力向上へ向けたサンドイッチ型の授業構成
例えば、本誌掲載事例のインタビュー(P11)にあるように、「生徒が思い描くコンピュータ」と「教師が考えるコンピュータ」とに乖離がある場合、導入では生徒の思いから入り学習の土俵にのせ、基礎学習や思考・判断・表現で指導内容としてのコンピュータを扱うことで、両者のずれを解決して、教科のねらいを達成することができるようになる。
このようなサンドイッチ型の授業(題材)構成にすることで、「あくび」をしない授業になるだけでなく、「学力の3要素」が身につき、「主体的・対話的で深い学び」により技術が進展しても主体的に対応できる力が養われていく。
※ | 中村祐治・尾﨑誠著(2011年)「『学力の3要素』を意識すれば授業が変わる」教育出版 参照 |
③学習のねらいに即したサンドイッチ型の授業(題材)構成でのICT活用のポイント
ICTは、闇雲に活用するのでなく、表1のサンドイッチ型の授業(題材)構成の授業の流れに即して有効活用していく。導入や基礎内容習得の学習では、ICT活用でなるべく短い時間で、あくびを誘因せず生徒が自ら耳を傾け、次の思考・判断・表現の下準備の学習に備える。思考・判断・表現やまとめの学習では、「主体的・対話的で深い学び」の手助けとなるようにICTを活用していく。
表1:サンドイッチ型の授業でのICT活用
ICT活用は、限られた授業時数を有効に活用して授業力を向上する点でも極めて有効な手段になる。そのため、闇雲にICT活用するのでなく、サンドイッチ型の授業構成での「学力の3要素」の学習のねらいの特質に合うようにICTを活用していくことがポイントとなる。
④サンドイッチ型の授業の流れにおける
学習のねらいに即した有効なICT活用の具体例
(1)導入でのICT活用のポイント
写真 1
のこぎりの刃の仕組みを示したアニメーション
導入でのICT活用のポイントは、写真1のように、動画や魅力的な映像を大きな画面で提示することにより、学習へ向かう気持ちを喚起して、技術の授業の土俵へのせることである。また、情報では、生徒自身が経験した事例の写真をICTを使って取り上げ、指導内容への関心を喚起するのがポイントである。
導入では、技術の原理の懇切丁寧な説明や大人が感じている情報をいきなり扱うのは御法度である。「この画面にあるのこぎり使ったことある?」「皆は情報機器をどう使っている?」などとICTを活用して短い時間であっさりと流し、学習への関心を喚起する。
ICTを使い、大きな画面で魅力的な映像を短い時間で示すことで、これ以降の学習活動をスムーズに進めることができ、結果として授業時間の有効活用につながっていく。
(2)基礎内容習得学習でのICT活用のポイント
写真 2
作業の様子の動画を、大きなスクリーンに投影し、提示する
製作経験が少なくなった生徒へ、教師から一方的な説明では、耳から耳へ話が抜け、基礎内容は頭に残らない。
ICT活用を、教科書、実物などのアナログ的教材と兼用する、スマートフォンとパソコンとを比較するなど、様々な教材から受ける多様な刺激から「知識・技能」を生徒の頭の中で浮き彫りにさせ、基礎的内容を短時間で確実に習得できるようにする。
ICT活用のポイントは、自席で工具や情報機器に触れながら、写真2のように大画面の提示で説明を受けることで確実な基礎内容の習得につなげていくことである。また、教科書では理解しにくい目に見えない現象をシミュレーションなどで提示することもポイントである。
また、ICT活用を様々な教材と兼用することで、説明時間を大幅に節約することができる。本誌掲載事例(P5~8)ではディジタル提示教材「カンタン!シリーズ」を活用することで、計画した時間の4分の3で授業を展開することができた。また、この後の作業活動では、作業の仕方を質問する生徒も少なく、ほぼ全員が正確に作業できていた。
(3)作業学習でのICT活用のポイント
写真 3
流れている動画を確認しながら作業をする生徒
相模原市立清新中学校 須藤雄紀先生 提供
作業ポイントの映像を写真3のように流しっぱなしにすることで、工具の使い方や作業のポイントが分からない生徒が映像を見て、作業のポイントを掴むことができる。それでも、分からない生徒だけに教師が対応すれば、教師は余裕をもった姿勢で授業運営でき、計画通りの時間で指導できるようになる。
また、生徒が基礎学習で説明した以外の工具を使う際に、技術室の空いたスペースにおいたコンピュータから生徒が作業に必要な映像を選び見て、作業を進められるようにしておく工夫例もある。こうすることで、基礎学習で全ての作業や工具の説明をせずにすみ、授業時数の有効な運用につなげることができる。
ICT活用のポイントは、生徒が作業で必要になったときに必要な情報を示すことである。
(4)思考・判断・表現(工夫・創造)学習でのICT活用のポイント
写真 4
生徒は必要な情報をコンピュータから得る
写真 5
タブレットで情報を収集・提供
「主体的・対話的で深い学び」を支援するため、ICT活用は、極めて有効であり、様々な活用方法がある。一例を示すと、「対話的な学び」の対話対象を生徒でなくコンピュータに求めるものである。写真4は、自分が栽培する作物の観察状況に応じて、コンピュータから解決方法のヒントを得ながら、自分はどんな種類の肥料をどう施肥するか考えその解決策をワークシートに主体的にまとめている場面である。
ポイントは、目的に合うソフトを選ぶなどの「主体的な学び」で個々の生徒が必要な学習情報を生徒自らがコンピュータから得るようにすることである。
別の例は、写真5で、他の生徒の個別支援のためにヒントになる学習成果を、教師がタブレット型パソコン(以下「タブレット」と表す)で撮影しているところである。このポイントは、「タブレット」で他の生徒の「主体的な学び」に役立つ情報を収集したり、生徒が個別に要求している情報を「タブレット」で提供することである。
(5)まとめ学習でのICT活用のポイント
写真 6
生徒のワークシートをタブレットで撮影し、学習のまとめの参考として提示
まとめでは、個々の生徒は、教師から提示された他の生徒の学習成果を参考にしながら、ワークシートで学習活動をふり返り、学習成果をまとめる記載活動が中心となる。
ICT活用のポイントは、写真6で示すように思考・判断・表現(工夫・創造)学習活動で収集した学習のまとめの参考になる情報を提示して、学習活動をふり返りながら個々の生徒が個々の学習をまとめていくことができるようにすることである。
⑤サンドイッチ型の授業でのICT活用の可能性
「技術分野」では、限られた授業時数の中で、生徒に技術の進展に主体的に対応できる普遍的な力を養うことが求められる。そのための授業力の向上の鍵となるのがICT活用である。
ICT活用は、「技術分野」ばかりでなく、全教科で積極的に授業に取り入れていく必要がある。その際には闇雲な使い方でなく、表1で示した「サンドイッチ型の授業でのICT活用」を例にして、「学力の3要素」の学習のねらいに即して、アナログ的学習を組み合わせたICT活用を心がけていきたい。
このため、多様なICTを活用していくカリキュラム開発や授業力の向上を目指す研究活動が必要であるが、現場のニーズに応えることができる企業の商品開発も期待されるところである。
授業力向上のヒント ~アクティブラーニングの視点から~
「技術分野」の計測・制御の学習では、班1台のロボット教材を使い、集団活動で学習を集結させる実態を多く見受ける。例え、班1台の教材でのプログラミング体験でも、集団での体験的・実践的活動を「技術分野」の教科固有の学習成果として「個」に帰するため、図3に示すよう「個」→「集団」→「個」の流れにし、その流れにICT活用とアナログ的な学習とを組み合わせた授業展開の工夫が必要である。
こうした「個」→「集団」→「個」の流れにアナログ的学習とICT活用とディジタル学習とを組み合わせたアクティブ・ラーニングを取り入れることで、限られた授業時数で効果的な授業が期待でき、授業力を向上させることができる。その結果、生徒には、技術の進展に主体的に対応できる力が養われていく。
【 略 歴 】
元 横浜国立大学教育人間学部 学校教育課程 教授。
中学校技術・家庭科 技術分野を中心に題材開発や学習指導・学習評価に関する研究に数多く関わる。
研究分野は技術教育・情報教育。
参考資料
○ | 中村祐治・尾﨑誠著(2011年)「『学力の3要素』を意識すれば授業が変わる」教育出版 |
○ | 中村祐治 他編(2007年)「日常の授業で学ぶ情報モラル」教育出版 |
○ | 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 家庭、技術・家庭ワーキンググループ「家庭、技術・家庭ワーキンググループにおける審議の取りまとめ」(2016年8月26日) |
○ | 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 教育課程企画特別部会「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ(案)のポイント」(2016年8月19日) |