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なぜ今、子どもたちへのキーボード入力指導が重要なのか

東北大学大学院情報科学研究科 教授・博士(工学)
堀田 龍也

(2016/07掲載)

近年情報化が進む中、タブレット端末が目覚ましい速度で普及し、教育現場でもスレート型タブレット端末の導入事例が多く聞かれるようになりました。その一方で、子どもたちへのキーボード入力指導の必要感が高まっています。なぜ今、子どもたちへのキーボード入力指導が重要視されているのか、東北大学大学院教授・堀田龍也先生にお話を伺いました。

将来的には、キーボード入力は要らなくなる?

 私たちは、キーボードでコンピューターに文字を入力することでメールを書いたり、プレゼンテーション資料を作ったりします。加えて、音声認識や指紋認証、温度感知といった「センサー」の技術によって、セキュリティ認証から室温の自動調節まで行われています。最近では、人工知能もかなり発達してきており、将来的には、一人ひとりの考えていることを読み取って動作するような機器が登場するかもしれません。いずれは、キーボード入力自体が不要な時代がやってくるでしょう。

 では、いずれなくなる技術だから、キーボード入力のスキルは身に付けなくても良いのでしょうか。私はそうは思いません。キーボード入力が不要になるくらいの先進的な技術が私たちの生活に浸透するのはまだまだ30年以上も先の話だと言われています。つまり、今の小学生が社会で活躍する頃には、まだキーボード入力のスキルが必要だと考えられているのです。

今、「学校で」キーボード入力指導が必要な理由

 諸外国では、キーボード入力を用いてのコミュニケーションはすでにごく当たり前のことです。子どもたちが世界と一緒に働いていくために、まず自国の言葉で、キーボード入力によるコミュニケーションを習得しておくことは大変重要だと言えるでしょう。しかし、日本では自国の言葉で入力しようと思うと、キーボード操作に加えてかな漢字変換をしなければいけません。日本をはじめとしたアジア圏は、欧米と比べて大きなハンディキャップを抱えていると言えるでしょう。日本の場合、キーボードからの日本語入力を会得するしかありません。

 しかし、今の子どもたちの生活は、キーボード入力からは縁遠いものとなっています。少し前までは、家庭でもキーボード入力を経験する機会がありました。ところが、最近ではパソコンが無いという家庭も増えてきています。更に、タブレット端末やスマートホンの登場で、フリック入力さえできれば日常生活を送れるようになってきました。子どもたちの生活の中には、キーボード入力をしっかりと学ぶ機会がほとんど無いのです。したがって、子どもたちは「学校で」学ばない限り、キーボード入力ができるようにはなりません。学校でしっかり教えなければ、生活では困らなくても、学習や仕事では困るという事態に陥ってしまうのです。キーボードからの日本語入力は、今社会で働いている大人が皆そうであるように、「どこかで1回きちんと学べば、皆できるようになる」のです。キーボード入力は特別な「能力」ではなく、学校で「経験」を保障すれば、誰でもできるようになり、その後にICTを道具として活用して色々なことができるようになります。「キーボード入力ができない」という部分で子どもたちの可能性の芽を摘んでしまうようなことがあれば、大変もったいない話です。

キーボード入力に関する子どもたちのスキルと先生方の指導の現状

 文部科学省は平成25年10月~平成26年1月にかけて、小学校5年生と中学校2年生を対象に情報活用能力調査を行いました。その中で、キーボード入力の能力について測定する問題が出題されました。その結果、1分間で、小学校5年生は平均5.9文字、中学校2年生は平均17.4文字という入力速度でした。小学生だと10秒に1文字、中学生だと4秒に1文字です。(表参照)



想像してみると、かなり遅い印象を受けるのではないでしょうか。この結果からは、子どもたちのキーボード入力の「経験」が十分でないということが読み取れます。残念ながら、学校でも家庭でも、指導が不足しているのが現状です。

 「学校でキーボード入力の指導ができていないということは、学習指導要領に書いていないからではないか?」と考える人がいるかもしれません。ところが、小学校学習指導要領・総則には下図の通り、記載があります。

各教科等の指導に当たっては,児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ,コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や情報モラルを身に付け,適切に活用できるようにするための学習活動を充実するとともに,これらの情報手段に加え視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること。

(図)小学校学習指導要領 文字入力に関する記載
文部科学省 小学校学習指導要領 総則 第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項 2(9)

学習指導要領に記載があるのに、指導しきれていないのです。この状況が続けば、将来子どもたちが大人になったとき、ICTを使いこなせず、他の国との競争に負けて、就職すら満足にできないような未来は想像に難くありません。これは危機的な状況と言えるのではないでしょうか。

 さらに学校現場では、普通教室にタブレットPCが導入されてきています。たとえば、低学年の授業であれば、タブレットPCで写真を撮って、友だちに見せて、言葉で説明をするという流れでも当面の学習は成立します。しかし、高学年になって、レポートやプレゼンテーション資料の作成といった論理的な学習内容が組み込まれてきたときに、タブレットPCからのキーボード入力に時間をとられていては、本来の学習の目的は達成されません。考えを言葉で組み立てることは、言語活動の充実としてこれからも重視されていくものです。さらに、近年提唱されている「アクティブ・ラーニング」についても、タブレットPCを使った学習の中で取り組まれることが多いため、同様のことがおこります。また、大学入試ですらコンピューターを使った試験になろうとしています。本格的にICTが教育現場に入ってきている中、キーボード入力がネックになって、本来身に付けるべきものが身に付けられなくなってしまうという本末転倒な状況が生まれてしまっています。

次期学習指導要領はどうなるのか

 情報活用能力調査の結果からこうした厳しい現状が浮かび上がる中ですが、しっかりと指導をしている学校はそれに見合った結果を出している、ということも分かりました。情報活用能力調査では、教員や校長向けのアンケート調査も同時に実施しており、子どもたちの調査結果と学校の指導の状況を照らし合わせてみることができます。子どもたちの情報活用能力が高い上位10%の学校では、日頃から子どもたちにICTを使った学習に取り組ませていることがわかりました。子どもたちは最初うまくICTを使えなくても、徐々に扱いに慣れて苦手意識を感じなくなっていくのです。この調査結果は、「学校で『経験』を保障すれば、誰でもできるようになる」ということを裏付けるものだと思います。

 ですから、次期学習指導要領では、現行の学習指導要領よりも少し強いトーンでキーボード入力に関して記述する方向で議論がされています。現行の学習指導要領では、具体的な教科や学年等、実施の指針が示されていないので、はっきりと「ここで使う」と言うことができないのが現状なのです。だから、次期学習指導要領には、より詳細な記載がされることでしょう。初期指導は、各学校のカリキュラムに合わせて行い、そこで培ったスキルを使って、各教科でICTを使った様々な指導をする、という内容が記載されることになるでしょう。

 次期学習指導要領が施行されるのは2020年、移行措置は2018年から始まります。今は2016年です。その準備として先生方は、子どもたちにキーボード入力を「体験させる」「できるようにさせる」という感覚を持っておいていただきたいです。「子どもたちはどのぐらいの指導を何日くらい継続すればできるようになるのか」「得意な子とあまり得意でない子ではどの程度の差が出るのか」「どういう風に声を掛ければ頑張って取り組んでくれるのか」。キーボード入力指導を事前に「経験」して、先生としての指導の感覚を養っておいていただけたら幸いです。

●文部科学省 情報活用能力調査の結果はこちら
  文部科学省 情報活用能力調査の結果について
  http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1356188.htm

堀田 龍也 先生

東北大学大学院情報科学研究科
教授・博士(工学)

【 略 歴 】
東京都公立小学校・教諭、富山大学教育学部附属教育実践研究指導センター・講師・助教授、静岡大学情報学部情報社会学科・助教授、独立行政法人メディア教育開発センター研究開発部・准教授、玉川大学学術研究所・准教授、玉川大学教職大学院・教授を経て、2014 年より東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻メディア情報学講座・教授。
日本教育工学協会(JAET)常任理事。
研究分野は教育工学、情報教育・メディア教育、ICT活用授業、校務の情報化。
中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会情報ワーキンググループ・主査(2015-)他、多数歴任。

現場の先生方から信頼されるキーボード入力検定サイト

 多くの学校現場では、現状、忙しくてキーボード入力指導にまで十分に手が回らない現実があります。しかし、子どもたちの将来を考えると学校でのキーボード入力指導は必要不可欠です。時間のない中で、いかに子どもたちにキーボード入力のスキルを身に付けさせるかが課題です。そうした指導を可能にする教材として、キーボー島アドベンチャーは最適な教材だと思います。

 キーボー島アドベンチャーは、児童のキーボード入力のスキルアップを支援することを目的とし、2003年にスタートした無償サイトです。12年もの長い間、学校現場で活用され続けており、そこから得られた様々なデータは、指導や研究に役立てられています。

毎年登録者約18万人は先生方からの信頼の証

 キーボー島アドベンチャーの登録者は毎年約18万人以上です。登録が毎年4月にリセットされるにも関わらず、多くの先生方が再登録をしてくださいます。また、全国2万校ほどある小学校のうち、1度でもキーボー島アドベンチャーに登録したことのある学校は31.4%ということが分かっています。※ 単一のソフトウェアで、しかも他にも様々な類似ソフトがある中で、3割を超える数字は、かなり高い登録率です。さらに、各学校では、情報教育の年間計画が作られますが、その中にキーボー島アドベンチャーが組み込まれていることもめずらしくありません。これらの事実は、現場の先生方から信頼されている証拠ではないでしょうか。

※2016年3月末日時点の統計

研究結果を指導に活かす

 キーボー島アドベンチャーは、設定された級ごとに様々なデータが得られます。これらのデータからは、指導に役立つ重要な情報を読み取ることができ、論文にもなっています。たとえば、右図の「最終日に各級に何名留まっていたか」(図:棒グラフ)、「各級をクリアするまでに要した試合回数の平均値」(図:折れ線グラフ)というデータからは、子どもたちがどのような検定内容でつまづくことが多いかが読み取れます。留まっている子どもの人数とクリアまでの試合回数が共に多いのは、23級です。この級の検定内容は、「が・ざ・だ・ば行」のローマ字の入力です。つまり、「小学生へのキーボード入力指導の際は『濁音』の入力について配慮することが重要」だと分かります。

 「どの学年がどのくらいのスピードで何級まで行ったか」「どの月のどの時間によく使われているか」といった分析もされており、キーボード入力指導の見通しを立てる上で、重要な資料となっています。



 子どもたちや先生方にまずはキーボー島アドベンチャーを利用して、指導の手ごたえを実感して欲しいです。その結果、このサイトが有用だと感じていただけたら、ぜひ、情報教育の年間計画に組み込んでください。学校でしっかりと指導すれば子どもたちはできるようになります。キーボード入力のスキルが身に付いた子どもたちは、その先の学習でさらに深い学びの機会を得ることができるはずです。

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