インタビュー&コラム

Lead Article

小林祐紀先生

「町をあげて」、「風にのり」、
「国や県の動向を見据えて」
熊本県高森町の戦略と学校での実践

(2015/01掲載)

新教育プランを策定して、日々の授業改善のためにICTを段階的に導入。
アンテナを高く張り、町全体を盛り上げて時代の風に乗った。

 「タブレット活用ばかりが注目されるのは本意ではない」と語る佐藤増夫教育長。短期間にICT活用の先進地域になったという見方をされることがある高森町だが、実は、明確なビジョンと綿密な戦略を掲げ、スピーディーに物事を成し遂げる実行力を発揮してきたことに大きな要因がある。それは、どの地域よりも新しく、明確で推進力のあるプランを構築したからに他ならない。その概要を高森町教育委員会で聞き、続いて高森中央小学校の授業実践を見学した。

Interview 1熊本県 高森町教育委員会

タブレットPC 360台 一斉導入のメッセージ

教育長 佐藤 増夫 氏

事務局長 阿部 恭二 氏

審議員 兼 教育CIO補佐官
堺 昭博 氏

 「高森町新教育プラン」の中で、教育環境の整備におけるICT環境の整備状況は、きわめて先進的だ。平成25年度と26年度の2年間で電子黒板をはじめ、実物投影機、デジタル教科書、校務支援システム、教務支援システム、そしてタブレットPCを町内すべての小中学校に導入した。中でもタブレットPCは、360台が導入され1人1台での活用が基本という充実ぶりだ。
 「すべては、日々の授業改善のためです。ICTを活用することで子どもたちの学力が伸びることを目的として導入しています」と語る佐藤教育長の言葉によどみはない。事実、学力調査の結果は確実に伸びている。算数や数学の図形問題に代表されるような活用力を問う出題に関しては、特に明確な伸びを示しているのだ。「大切なことは、町をあげて取り組むこと。そして、時代の風に乗ること。さらに、国や県の動向を正確に見据えることです。こうした戦略を掲げ、具体的な施策を打ち出せば、国の教育方針の本流を行きつつ、高森町にとってふさわしい教育を実践できます」と佐藤教育長。タブレットの活用は、そうした施策のひとつであって、単に流行に乗っているのではないことがわかる。

先生が変わらなければ教育は変わらない

 高森町には「教育研究会」があり、新教育プランでは、その活性化もねらいのひとつとなっている。この「教育研究会」には、さらにいくつかの部会があり、高森町内の先生全員がそのいずれかに所属している。佐藤教育長によれば、「いくら予算が潤沢にあってICT環境を充実させても、子どもたちの一番近くにいる先生を動かさなければ教育は変わっていきません。この町の『教育研究会』は現場の先生方で構成されているのでICT機器の選定にも責任を持つことになり、導入されたICT機器を積極的に活用する動機付けにも繋がります」とのこと。
 ICT機器が活躍する場面を一番わかっているのは現場の先生である。授業を深く知る先生ほど、ICT活用も優れているという。

規制緩和の風に積極的に乗る

 佐藤教育長によれば、「規制緩和によって自治体の教育委員会の権限が拡大している」という。これによって、教育委員会は独自性を発揮しやすくなり、地域の特性や新しい考え方を見出す機会が増えたことになる。
 「今こそ、攻めていく時。新教育プランを実現するために、確かなマネージメントで町全体として教育に取り組み、スピード感のある意思決定を行っていきます」と力強く語る佐藤教育長。台湾師範学校から視察訪問を受けたり、学校のホームページとしては異例の閲覧者数(1年間で約67,000アクセス/高森東小学校)を獲得するなど話題を集めている他、「『未来の学校』創造プロジェクト事業(熊本県)」「ICTを活用した教育の推進に資する実証事業(文部科学省)」などのICT活用の研究指定校を抱える自治体として注目を集めている。
 「時代は確実に変わりはじめています。それを教育委員会が教育施策として取り込んでいくことが、今、必要なのではないでしょうか」という佐藤教育長の言葉が、学校教育の未来を示している。

Interview 2高森町立高森中央小学校

タブレットPCによる「ニュース」制作で様々な学びの場面が展開される

4年1組担当 杉 聖也 先生

4年社会科「事件や事故からくらしを守る」
授業のポイント

  1. 相手意識
  2. 地域学習
  3. 5W1H

「ニュース」制作ソフトを使って家族に見せるニュース番組を制作

今日の授業の「めあて」「だれに」「なんのために」「やり方」を子どもたちに問いかける。

 高森町の中心部にある高森中央小学校で、4年生社会科「地域安全ニュースをつくろう」の授業を見学した。この日までに、子どもたちはテーマに沿った写真を撮影し、使用する写真5点を選び、そのタイトルと説明文(録音する原稿)をワークシートに記入済みである。
 4年1組担任の杉聖也先生は、授業の冒頭で今回の学習の「めあて」「だれに」「なんのために」「やり方」を子どもたちに問いかけながら板書していく。電子黒板には、ワークシートが表示され、子どもたちがここまでの学習を思い出せるように準備されている。前回の授業で作成し提出済みのワークシートが再び子どもたちに配られ、それぞれが内容を思い出した後、杉先生は、今日の活動の説明に入った。

タブレットPCなら、さまざまな活動場面に適した使い方が容易にできる

文字の入力はキーボードを使う。

キーボードを外して教室の外で録音。

机の配置を「タブレットモード」にして見せ合う。友だちの意見を参考にして見直しする。

 ニュース制作の作業ステップを一通り提示したあと、この時間の作業を決める。
 先生の合図で、子どもたちは即座にタブレットPCに向かいはじめる。タブレットPCはひとり1台。キーボードのついたノートPCタイプでありながらディスプレイ部分を分離して持ち歩ける。これにより活動の自由性が高まる。
 子どもたちは、記入済みのワークシートにしたがって写真を配置して、文字を入力していく。5つの場面を仕上げるのに、早い子はわずか10分ほどで完成させた。
 続いて音声の録音。隣の子の声がはいらないように、子どもたちは教室の外に出て行く。その際、ディスプレイ部分だけを分離してタブレットPCとして持ち出した。渡り廊下の向こう側でひとり録音をはじめる子やベンチに座って納得いくまで録音を繰り返す子、友だちに聞いてもらいながら録音する子など、みんな自由にそれぞれのスタイルで音声を入力していく。この手軽さが学習意欲を高める力になっている。時間内にほとんどの子どもたちが全ての音声録音を完了し、教室に戻って来る。タブレットPCは、子どもたちにとって、もはや鉛筆やノートと変わらない日常的な学習ツールとなっているようだ。
 一旦作業が完了した後は、机の配置を変え、班ごとに見せ合う時間が設けられた。子どもたちは自分の作品を提示するとともに、友だちの作品を見て感想を綴る。そして再び修正や見直しを加えていった。完成した作品は、家族に見せて感想を聞き、それを友だちに紹介してクラスで共有する予定だ。

学校の現場に浸透するICT活用

校長 東 伸一朗 先生

特色ある学校づくりとして「縦割班活動」、「ICT活用」、「英語科の授業」、「高森ふるさと学」を推進している。

 杉先生によれば、「タブレットPCひとり1台の環境では、子どもたちが主体的に活動に臨むことができ、友だちの作品から良い点を学び取れるメリットがあります。また、相手を意識して作品づくりを行うことで視点が明確になり、より伝わりやすいものが完成します。録音する作業では、話す技術・伝える技術の向上に繋がっていますね」と、ニュース制作を通じて様々な学びの場面が展開されているのがわかる。
 東伸一朗校長によれば、「ICT活用の校内研修のみならず、町の『教育研究会』でも中心的な存在である杉先生の影響で、今では校内のすべての先生がICTを積極的に活用しています」とのこと。職員室では、普段の会話の中でICT活用が話題に上るという。これには、有識者による訪問支援として、県教育政策課指導主事の定期的な指導を受けており、授業のねらい達成に向けたICT活用や授業力の向上について教員の意識が向上していることが大きく寄与しているという。ICT活用が、子どもたちの学力を高めるために必要であることを、全ての先生が実感しているのである。
 国や県の方針に貫かれ、教育委員会が町全体をあげて新教育プランの実現に向かう中、高森中央小学校では、子どもたちの学力を伸ばすためのICT活用が、確実に現場の先生に浸透していた。

スズキ教育ソフト