全国の自治体・学校でタブレットPCの活用がすすんでいます。その活用については、導入台数や学習の手法などによって、さまざまな「スタイル」があるようです。最新のICT機器も、ただ無計画に整備して漫然と「利用する」だけでは、「活用している」ことにはなりません。活用がすすんでいる自治体では、導入されるにあたり、全体の将来像を見据えた構想など、いろいろな"考え・思い"をもって導入されています。そこで、すでに活用されている熊本県、神奈川県大和市、大阪府堺市の教育委員会に、計画から導入、活用にいたるまでの、各フェーズを振り返っていただき、ポイントになったことなどをお伺いいたしました。
導入事例1熊本県の取り組み
熊本県教育庁 教育政策課 指導主事 山本 朋弘 先生
熊本県の「教育の情報化」

山本 朋弘 先生
熊本県の教育の情報化は、「授業でのICT活用」、「情報教育の推進」、「校務の情報化」の3つの視点に基づいて推進しています。特に、「授業でのICT活用」では、「ICTを活用した『未来の学校』創造プロジェクト」を重点的に進めており、タブレットPC等を活用した場合に学力向上に直結した教育効果があるのか実証授業を実施しました。また、その時の授業実践をICT活用の先進的な活用事例として、広く公表しています。
実証は、タブレットPCが整備されている県内8校を対象に、活用した授業とそうでない授業を比較分析いたしました。今回の調査結果では、客観テストの結果、意識調査の結果とも、タブレットPCを活用した授業が活用しなかった授業よりも高い結果になっています。特に興味深いのが、意識調査の結果の中で、「じっくり考えて、自分の考えを深める」、「必要な情報を見つけることができる」という項目で有意な差が見られたことです。タブレットPCは、自分が見たい情報をじっくり選んで見るなど個別化に適していますので、学習への理解がより深まったのではないかと思います。
本プロジェクトでは、先生方のICT活用指導力の調査も行っています。文部科学省の「教員のICT活用指導力の基準(チェックリスト)」に沿って、平成25年4月と平成26年2月に回答してもらいました。その結果、8校の教員のICT活用指導力は、タブレットPC活用後、全国平均や県平均と比較しても、高い結果が出ています。これは、教師自身が効果が実感できたり、子どもたちの変容が見えたりすることが、ICT活用指導力の向上に大きく影響していると思います。
タブレットPC導入前からの研修支援
今年度(26年度)は、研究推進校が8校から21校に拡大しますが、私たちが重視していることは、タブレットPC導入の前から支援するということです。導入段階からきちんと支援しないと、教材コンテンツや電子黒板、実物投影機なども含めた教室の全体イメージがないまま、「タブレットPCありき」となって、先生が困惑することになりかねません。導入前研修では、授業力に優れた先生の活用事例の映像を校内研修で視聴してもらい、まずは活用のイメージを持ってもらうようにしています。
また、タブレットPCがあれば授業が変わるというものではありません。タブレットPCの特性を活かした教材コンテンツが重要で、校内研修等で先生方と一緒に考えていき、活用のアイディアを学校の中で出し合うように支援しています。
タブレットPC活用の「つなぐ」という特性

タブレットPCを並べて、グループで音の波形を比較分析する。
タブレットPCには、3つの「つなぐ」という特性があります。
1つ目は、「体験と考察をつなぐ」ということで、例えば、理科の実験や体育の実技等でタブレットPCで撮影して、それを再生したり、気付いたことを書きこんだりする学習が展開されています。これは「体験をして」、それを「考察する」ことをタブレットPCの撮影・再生によって「つないでくれている」ということです。
2つ目が、「教室と教室外をつなぐ」。例えば、地層の学習をするときに、外に出てタブレットPCで撮影し、それを教室に持ち帰りフィードバックする。そういう意味で「教室」と「教室外」をつなぐツールになります。
3つ目が、「個人思考と協働学習をつなぐ」ということです。例えば、中学校理科の音の高低によって波形に違いがあることを学ぶ学習で、様々な楽器の音の波形をタブレットPCに記録し、それをグループ内で持ちより比較分析しました。各自が個別に考えたり、調べたりしたことを持ち寄る。「個」と「集団」をつなぐということになります。この「つなぐ」というタブレットPCが持つ特性を活かすことが、活用のポイントになるだろうと思います。
導入時の留意すべき点
タブレットPCを導入する時に大事なのは、ICT教室環境を段階的に整備する、ということです。例えばタブレットPCを導入する時、その能力を活かすには、無線LANが欠かせません。しかし、ハードとしてのタブレットPCに目がいってしまい、無線LANなどは後回しになってしまいがちです。そこで、整備するにあたりロードマップを作っていく必要があります。今年度、熊本県では、そういうロードマップのサンプル事例を作成し、紹介する予定です。
また、先生方が有効にICTを活用指導できる環境整備も重要です。子どもたちのための道具だけでなく、先生方が授業で使う電子黒板や実物投影機なども必要になってきます。その他、例えば「個別のドリル学習など、子どもたちが自律的に学習を進めていく仕組み」も併せて考えていくことが必要だろうと思います。そうすることで、子どもたちは自然に操作を覚えますし、子どもたちの主体的な学びがより一層促進されます。
タブレットPC時代の研修
タブレットPCが中心になれば、以前のような操作を覚えるスキル研修はあまり必要なくなり「授業でどう使えば良いのか」など、より授業に密着したOJT研修が重要になってくると思います。
現在、教育委員会や教育センターから学校に出向いて「出前」で研修するスタイルを推進しています。実際に授業を参観して、改善点を出したり、授業前の検討会で私たちの考えをお話ししています。研究推進校を中心に、年間多くの授業を参観させていただいていますが、学校全体で授業を参観して、みんなで活用イメージを共有することがとても重要だと感じています。
先生方のなかには、タブレットPCを使えば一足飛びに授業そのものが変わる、というイメージを持っている方もいらっしゃいます。私たちは、「授業そのものがまったく異質のものになることはない」とお話をしています。タブレットPCは、あくまでいろいろなツールの中のひとつ。そこを先生方にしっかり把握していただく必要があります。実際、昨年度の調査では、授業時間の中でタブレットPCを使っている時間は、平均15分程度で、授業全体からするとさほど長い時間ではないのです。授業の一場面で、ポイントを絞って活用することが重要だと思います。あくまで「タブレットPCありきの授業にならないようにすること」、これが大事です。
今後は、研究推進校での活用について、より詳細な分析を報告する予定です。効果的な活用場面の検討やOJTを生かしたICT活用指導力を高める研修の充実、支援体制の構築も今以上に図っていきたいと思っています。
授業でのICT活用の好事例を収集し公開している。
映像でわかる!授業でのICT活用・情報モラル教育
http://www.higo.ed.jp/gp/
導入事例2神奈川県大和市の取り組み
大和市教育委員会 教育研究所 所長 深谷 美紀 先生
平成26年度中にすべての小中学校、特別支援学級に整備

深谷 美紀 先生
当市では、平成26年度のパソコン教室更新に合わせ、小学校ではタブレットPC41台(うち大規模校には82台)を整備しました。4クラス同時のグループ学習にも対応できるように、移動可能なアクセスポイントも4台整備しました(大規模校では8台)。
中学校では、技術科の学習内容に適したノート型PCに加えて、移動可能なタブレットPCを、すでに整備済のパイロット校3校に続き、今年度中に全校に整備する予定です。特別支援学級につきましても、すでに整備済の3校以外の全校に整備したところです。
協働学習にも個別学習にも有効

PC教室・普通教室用タブレットPC(Windows)
ショルダーストラップで落下防止。持ち運ぶ時は、画面を内向きにして傷をつけないように指導している。

特別支援学級用タブレットPC(iPad Air)
樹脂製のカバーでタブレットPCを保護。持ち手がついているので持ち運びにも便利。約50種類のアプリケーションをインストールして活用している。
タブレットPCの活用につきましては、平成25年度から先行して、企業の協力により西鶴間小学校において実証研究をしています。タブレットPCは、思考力、判断力、表現力の育成がテーマになっている中で、電子黒板と連携させることによりお互いの考えを比べあったりする協働学習にたいへん効果があります。また、ドリル学習ソフトも導入していますが、授業の始めに前時の振り返りで使ったり、終わりに今日やった内容の練習問題をしたりと、学習の定着のための個別学習でも活用されています。
西鶴間小学校では、例えば図工で、ポスターの図案をお互いに見せ合って意見交換をしたり、総合的な学習の時間では、米作りの学習で新聞を作っていく過程の中で、友だちの意見を参考にして学びあうということがされています。他に、算数では指で操作して図形の弁別をしたり、また他校でも体育の学習で、跳び箱やマット運動でフォームを写真や動画で撮ってその場で振り返るなどの使い方が始まっています。持ち運びに便利、情報の共有が簡単、写真や動画などをその場ですぐに見て振り返るなど、タブレットPCの特徴を生かした使い方が少しずつ進んできています。先生からは、社会見学でも使いたいという声もあがっていますので、これからいろいろな使い方の広がりが期待できます。
その成果交流の場として、西鶴間小学校で公開授業をすることにより先生方に広めていきます。また、平成27年7月を目途に、どのような使用方法でどのような効果があったのか検証し、成果を共有したいと思います。
タブレットPCの活用のために必要なサポート
タブレットPCは、学校に整備したらそれで「済み」というものではありません。活用促進のためには、さまざまなサポートも重要です。
当市ではICT支援員に週1回のペースで学校訪問をしてもらう、導入時の研修を行う、などしています。先生にとってICT支援員は、機器の不具合対応や設定の相談にのってもらえるので授業に集中でき、たいへんありがたい存在です。「学びのイノベーション」にもICT支援員との連携が謳われていますので、ぜひ配置したいところです。
また、先生にとっての大きな不安は、機器が故障した時の対応です。当市では、特に特別支援学級用タブレットについて、修理期間中も同じ様に授業が続けられるように代替機を用意する契約を行いました。導入時に、保守内容をしっかり決めておくのは欠かせないことだと思います。
今後は、成果を市内で共有しながら、それぞれの学校で活用が広がっていくようにサポートしていきたいと思っています。
導入事例3大阪府堺市の取り組み
堺市教育委員会 教育センター
総括指導主事 藤本 慎也 先生
情報教育グループ 主任指導主事 浦 嘉太郎 先生
情報教育グループ 指導主事 小門 伸城 先生
子どもたちの間に入っていく「堺スタイル」

藤本 慎也 先生

浦 嘉太郎 先生

小門 伸城 先生
平成24年頃から、各自治体でタブレットPC整備のことが話題に上ってきました。多くの自治体では、子どもが使用することを前提にした整備が検討されていましたが、「堺市としてどうしていこうか」と考えた時に、タブレットPCの活用で「すべての先生が授業改善のためにICTを活用することがもっとも大事」だと考えました。本市では、タブレットPCの活用場面として、先生方の今までと同じスタイル、つまりパソコン操作のために教卓付近に居る時間が増えるのではなく、子どもたちの間に入って指導したり、机間指導するという従来のスタイルを大切にしようと考えました。そこで平成25年度及び26年度の2年間で、教員の指導用としてすでに整備されている大型デジタルテレビと組み合わせるように合計2,000台のタブレットPCを普通教室と特別教室に配置しました。
これまでも、大型デジタルテレビとノートパソコンを使った実践は行われていましたが、効果はあるものの、ケーブル類の接続の手間や机間指導にそぐわないなどの問題があり、一部の活用に留まっていたというのが現状でした。一方タブレットPCは、ノートパソコンと比較して、可搬性に優れ、起動が速く、カメラ機能ですぐにノートなどを撮影しテレビに映せるなどの特徴を持っています。私たちは、その特徴を活かし、従来の授業スタイルをくずさずに、教員がタブレットPCを指導に活用する授業スタイルを「堺スタイル」と呼び、実践することにしました。
タブレットPC、大型テレビ、校内クラウドの連携で高い活用率
教室には、大型デジタルテレビへタブレットPCの画像を無線で転送する「画像転送機能付無線アクセスポイント」を設置しています。この機器があることで、教室のどこに先生がいてもタブレットPCの画像をテレビに転送することができます。教卓のパソコンに貼りついて授業をするのではなく、子どもたちの間に入り、もし他の子どもの参考になるような良いノートがあれば「みんな、これ見てみましょう」とパッとテレビに映して情報共有することが可能です。マーキングをして理解を助けることも、その場ですぐにできます。本市では校内クラウドを構築しているので、職員室で作成したデータは校内クラウドにあげておき、必要な時にすぐにタブレットPCで呼び出すこともできます。またタブレットPCで撮影した写真は校内クラウドに保存されます。先生方からは「こういうことがしたかった」と、たいへん高い評価をいただいています。1,500名に活用状況のアンケートを実施いたしました。その結果、教室で行った授業のうちタブレットPCを使った授業の割合は、52%という非常に高いものでした。
私たちの目的は、整備自体ではありません。めざすのは、一部の熱心な先生だけがICTを使うのでなく「すべての先生が授業の中で活用し、その結果、すべての子どもがICTを使った授業を受けられる」という環境を整えることです。
先生方が積極的に参加する研修

熱心に受講される先生方。
「使えるのかな?」から「使える!」へ意識が変わる。

撮影して簡単に発表ができるので、多くの子どもが発表することができるようになります。
※「タブレットを活用した場合」ビデオより
タブレットPCの研修は、整備前の夏休み期間中に39回の研修を行いました。これは希望制だったのですが、すぐに申込がいっぱいになり、また追加で研修を行う、という状況でした。その他、学校を訪問しての校内研修など、およそ1,000名近くの先生方に受講していただきました。
研修は、タブレットPCと大型デジタルテレビを連携させた実際の授業での活用シーンをイメージしてもらえるような内容にしたので「日頃やっている授業で違和感なく使える」ことを実感してもらえたと思います。参加された先生方からは、即座に情報共有できることの驚きや「タブレットPCが整備されたら、こういう場面で使ってみたい」という感想を多くいただきました。
授業改善に向けて次の段階へ



教卓から子どもたちの間へ
これが「堺スタイル」。
今では、タブレットPCを「みんな、普通に使っている」というところまできています。これからは、「本当に有効な使い方は何か」という、授業におけるICT活用の本質の部分を検証していく必要があります。
現在、市内4校18人の先生方にタブレットPCを使った授業をしていただいています。それぞれ1回ずつ研究授業をしていただき、「こんなところが有効だった」という活用シーンをビデオにまとめ、全校で研修をしてまわる予定です。
私たちは、このように先ずは先生方の授業改善に対するICT活用を考えていますが、将来、先生方から「これだったら子どもにもタブレットPCを使わせたい」という声が上がってきたら、その時は新しいスタイルを提案していきたいと思います。