今、子どもたちをとりまくネット環境は大きく変わり、トラブルに巻き込まれる事件が、たびたび報じられます。
このような状況のなか、「情報モラル教育」も時代に即したかたちで対応していく必要があるものと考えます。
今回、聖心女子大学の永野和男先生に、今、現場でおきている問題に対して、どのように考え、対処すれば良いのか、「今、必要な情報モラル教育」としてご寄稿いただきました。
情報モラルの教育の基本的デザイン
情報モラル教育の必要性が叫ばれて20年以上が経過しています。もともとモラルの意味からみて、情報モラルとは「情報社会を生きぬき、健全に発展させていく上で、すべての国民が身につけておくべき考え方や態度」という意味になります。情報モラルで取り上げる内容は時代とともに必然的に変わってゆきます。1997年の「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議」の答申では、情報モラルを『情報社会に参画する態度』の中で「必要性を考え」程度に位置づけていました。しかし、携帯電話網の整備、スマートフォン(コンピュータ機能付携帯電話)の普及、ゲーム機のWiFi化、Twitter、 LINEなどSNS(ソーシャルネットワークシステム)、動画の投稿サイト利用の日常化などで、子どもをとりまく状況は大きく変化してきました。道具が洗練され、あらゆることに利用できるという利便性の陰で、ちょっとした間違った利用が大きな社会問題を起こしています。その対策として、新しい学習指導要領では、基本的な態度として「情報モラル」をすべての教科で展開することになりました。確かに、多くの問題の解決は「情報モラル」の範疇に見えるでしょう。しかし、その根本にあるのは、情報の扱い方に対する未熟さ、情報ネットワーク環境に対する無知さ、すなわち情報社会そのものの未熟さの弊害というべきものです。このような様々な問題を解決していくためには、もはや情報モラルというだけではなく、人間形成や社会形成のあらゆる場面での教育に、自分、他人、家族、人間社会といった視点で深く考え、生き抜く知恵をつけることが必要になるのです。
我が国の情報モラルモデルカリキュラムは、その意味では、長いスパンでの態度育成を目指した構成になっているといえます。モデルカリキュラムは、1) 情報社会の倫理 2) 法の理解と遵守 3) 安全への知恵 4) 情報セキュリティ 5) 公共的なネットワーク社会の構築 の5つの領域に整理されています。まずは、その構成をよく理解し、学年に対応した指導体制を作ることが必要でしょう。ただ、モデルカリキュラムでは、現場で生じている具体的な問題は、まったく取り上げられていません。ここでは、具体的な問題に対してどのように考えればいいのか、少し視点を変えて考えてみましょう。
文部科学省委託事業『すべての先生のための「情報モラル」指導実践キックオフガイド』
日本教育工学振興会(JAPET)平成19年3月発行より引用
自己主張・自己発信行動とSNS
情報モラルに関連する最近の話題といえば、SNS(ソーシャルネットワークシステム)の利用に関するものでしょう。SNSとは、インターネットにアクセス可能で、情報交換が可能なあらゆる情報手段のことを指します。具体的には、Web ページ、その応用としてのブログ、プロフ、Wiki、メッセージ交換のためのmixi、LINE、Facebook、Twitter、動画投稿サイトのYouTube、ニコニコ動画など、の総称と考えてもらっても結構かと思います。教育者を悩ませる様々な問題は、このSNSで生じています。SNSがここまで普及した理由の1つは、サービスのほとんどが無料で利用できることがあげられます。これが無制限の利用を可能にし、若者の常時利用に拍車をかけているのです。多くの事件は、「情報を処理する知恵」と「情報を見ぬく目」を持たない未熟な人たちのSNS参加が引き起こした問題が、クローズアップされているように私にはみえます。
例えば、「迷惑行為」の写真のアップの問題があります。記念碑に仲間内でよじ登った写真や映像、ファストフード厨房の冷蔵庫に入った写真などをTwitterや動画サイトにアップするといった行動はテレビでも取り上げられました。馬鹿げた行動だと一笑するのはたやすいですが、もう少し本質的な部分から問題を掘り下げて考えてみる必要がありそうです。SNSの場合は、情報発信の対象が大衆になります。特にSNSでは、大衆に対して発信をすると、すぐに何らかの反応が(例えば「いいね」といったコメントで)返せる仕組みが取り入れられています。「いいね」とか「すごい」とかと認められるたくなるのは、人間の本質ではないでしょうか。すると、アップされるのは、よく思われたい、すごいと認めてほしいというメッセージに偏っていく傾向がでてきます。賛美するコメントが上がると、もっとすごいことを示したいと思い、その中で発信側の行動がだんだんエスカレートしていく傾向にあります。動画サイトに上がっている曲芸的な技の本人撮り画像の多くも(他人に迷惑こそかけていませんが)、本質は似た構造を持っています。今のところ、自己主張する証拠の写真のアップにとどまっていますが、写真や映像を合成する技術が誰でも出来るようになると、証拠の真偽すら見抜けない時代になるでしょうが、それでも自己賛美行為は拡大していくでしょう。この場合、社会にはもっと成熟した健全な別の自己表現の場があることを、大人が示していかなければ、この問題はいつまでも解決しないのではないかと思われます。
「タダほど高くつくものはない」無料利用と情報漏えい
もう一つの問題は、無料サービスに潜む問題です。ネットワーク上で、無料で利用できるサービスのすべては、何らかの形でその経費を得ています。一番大きな収入源は広告料であり、最近ではアクセスされている情報を解析して適切な(本人が最も必要としていると推測できる)広告を表示しています。テレビのコマーシャルがそうであったように、SNSの維持に支払われる広告料は莫大な額であり、それを確保するため、さまざまな便利なサービスが開発され公開されています。コンピュータを利用している以上、コンピュータ内の情報の収集や入力情報の解析は可能であり、その範囲や利用は企業側のモラルの問題になります。さすがに個人情報保護法など情報収集に関する法律があり、大手の企業では違法な情報収集や処理は行っていませんが、違法、合法は利用者の許諾を得たかどうかにも関係しますので、大手だから安心というわけではありません。また、ネット上には、明らかに個人情報の収集を目的とした悪意のあるサイトも多く、一見しただけではそのからくりを見抜くことはできません。例えば、ほとんどの若者が利用しているLINE(ライン)は、無防備にインストールすると、自分の電話番号はもちろんのこと、スマートフォンに登録されているすべての電話帳の内容がLINE社のデータベースに(新規に追加するとそれも)登録されるようになっています。この電話帳に入っている誰かが同じようにLINEを始めると、自動的に「友達」に登録されます。一見便利なように見える機能ですが、本人が同意していないのに、電話番号と個人情報が関連づけられていくのです。
「友達の友達」のようなリンク機能は、SNSが世界中に広がることに大いに貢献しましたが、自分の個人情報は自分でコントロールしたい人にとっては困ったことです。情報はいつの間にか、本人の知らない第三者の知るところとなり、悪意に利用されることもあります。このようなメカニズムを知識として知り、「限定公開」モードのみで注意深く利用するよう指導することが安全のために必須ですが、企業もバージョンアップや機能拡張を行うたびに公開モードに初期設定し直すという戦略にでてきますので、いつのまにか、情報が公開されているということになりかねないのです。「タダほど高くつくものはない」とは昔からの言葉。情報ネットワークにも通じる重要な指摘です。
情報システムに依存しすぎる生活
情報モラルの視点の重要な観点は、「被害者にならないこと」ですが、「加害者にならないこと」も大きな観点の一つと考えられます。特に悪意がないのに、いつのまにか加害者になっているというのは、良識ある生徒、学生としては避けたいところです。実際にはウィルス対策が不備で、知らないうちにメールや住所などの他人の個人情報を漏えいしているとか、親切のつもりでUPした情報から、個人が特定されたりして、第三者に迷惑がかかったといった例が報告されています。これらを未然に防ぐには、やはり利用ソフトウェアの機能や限界に関する経験的知識を知ることが必要でしょう。また新しい観点として、機器や情報に依存しすぎない、すなわち利用の中毒にならないという点がクローズアップされています。例えば、LINEなどでは、メッセージに対して既読のフラッグがすぐに発信者に確認できるようになっています。それはそれで便利なことですが、メッセージを送ったらすぐに読んだという行動を起こさないと友達に見放されるという心配にかられ(実際にそのようないじめも生じている)、携帯を手放せないとか、会話が終わるまで寝ることが出来ないとか言った状況も報告されています。SNSで利用できるゲームも同様です。このような閉じこもった状況は、なかなか抜け出せない中毒のような状態ですので、早期に発見し対処をする必要があります。悩み始めた若者は、他を見たり対策を立てたりする心の余裕がありません。自ら気づかせるため、オフラインデーやオフライン週間を実施してネットから離れさせる、ネット以外のコミュニケーション活動を学校で企画するなどの配慮が必要となります。
聖心女子大学・教授
【プロフィール】
【 略 歴 】
1976年 京都教育大学教育工学(後に教育実践研究指導)
センター助手、講師、助教授
1985年 鳴門教育大学学校教育研究センター 助教授
1993年 鳴門教育大学学校教育研究センター 教授
1995年 静岡大学情報学部 教授
2000年 聖心女子大学文学部 教授
【 主な研究内容 】
教育工学を基盤とした開発研究。教師支援システム、遠隔共同学習、学習支援ネットワークシステムなどのコンピュータシステムの開発、情報教育カリキュラム開発と教材開発・授業研究など、コンピュータの学校教育のおける利用に関する多方面名研究活動を行っている。1990年代より、文部科学省における情報教育関連の多くの協力者会議の委員を歴任され、わが国の情報教育カリキュラムのグランドデザインを担当した。