インタビュー&コラム

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石原一彦先生

タブレットPCが拓く新しい学びのすがた


岐阜聖徳学園大学・教授
石原 一彦

(2013/09掲載)

 近年、モバイルコンピューティング環境が整いつつあり、情報教育の場もコンピュータ教室の他、普通教室などへ広がっています。総務省は「フューチャースクール推進事業」でタブレットPCによる授業実践を試行しています。また文部科学省も「教育の情報化ビジョン」のなかで、「1人1台の情報端末による学習を可能とするため」などモバイルコンピュータの活用を想定した情報環境を謳っています。このようにタブレットPCなどの新しい機器、システムの活用による教育活動は、教育の新しい可能性の広がりを期待できます。
 今回、タブレットPCの環境構築と教育実践について研究されている岐阜聖徳学園大学 石原一彦先生に「タブレットPCが拓く新しい学びのすがた」としてご寄稿いただきました。

教室への導入が進むタブレットPC

 今、学校の情報環境が大きく変わろうとしています。総務省が平成22年度から実施しているフューチャースクール事業では、全国20の小・中・特別支援学校ですべての児童生徒にタブレットPCを配布して、ICTを活用した協働教育の実証研究を3年間にわたって実施しています。教育家庭新聞によると、岐阜県の美濃加茂市では市内の小中学校のPC教室を廃止し、児童生徒に1人1台のタブレット型PCを配布する取り組みを開始しています。校内の情報環境は今までのコンピュータ室を中心にした一極集中型から、すべての普通教室を情報化してどこからでも情報手段が利用可能な分散型へ変わろうとしています。この変化を可能にするのがタブレットPCです。小型軽量でバッテリーで駆動し、無線につながり、起動が速く、直ちに終了できる情報端末は、普通教室の児童の机の上で使える機能を備えているからです。ノートPCがあるのでタブレットPCを使わなくても良いのではないかという意見がありますが、通常のノートPCでは児童の机の上が占領されてしまいます。古くなれば電源が必要になる場合もあります。起動に時間がかかり、授業の必要な場面で取り出して使い、不要になれば直ちに片づけるような柔軟な使い方ができません。
 ところでいうまでもなくタブレットPCは、導入すればたちどころに何かすばらしい教育が実現できるという魔法の板ではありません。学習のツールとしてどのようなことができ、どのように用いると教育的な効果を上げることができるのか冷静に見極め、活用場面を吟味することが大切です。
 そこでこのタブレットPCとはどのようなもので、どのような使い方をすれば教育的効果が期待できるのか、見ていくことにしましょう。
 もともと「タブレット」とは平らなものを表す「テーブル」から派生した語で、この語に「パンフレットやブックレット」の「レット」と同じ「小さい物」を表す縮小辞が付けられ、「小さくて平らなもの」を意味しています。(ちなみに粉薬を固めて上下平らにした錠剤もタブレットといいます。)
 かつては持ち運びができる小さな机、つまり石版や木版を指していたのでしょうが、タブレットPCはまさに現代によみがえった「電子石版」なのかもしれません。

タブレットPC

多種多様なタブレットPC

 タブレットPCと一口にいっても多種多様なタブレットPCが存在しています。そこでまず、いくつかの観点から分類してみましょう。
 まず、外見(筐体)の違いから見ると、以前はノートパソコンのモニターが回転してタッチパネルになりペンなどで入力する「コンバーチブル」型がありましたが、Apple社製のiPadが登場して以来、本体とタッチパネルモニターが一体となって指で操作する「スレート(石版)」型のものが普及し始めました。またスレート型に取り外し可能なキーボードが付属した「セパレート」型も販売されています。ただ、スレート型にも無線でキーボードやマウスを接続できるのでセパレート型とはそれほど違いはありません。

コンバーチブル型

モニターが回転してタッチパネルになりペンなどで入力する。

コンバーチブル型

スレート型

本体とタッチパネルモニターが一体となって指で操作する。

スレート型

セパレート型

スレート型に取り外し可能なキーボードが付属している。

セパレート型

外見(筐体)の違い

 モニターの大きさから分類する方法もあります。小さいものは片手で操作できる7インチのものから、iPadの10インチ、そして大型の20インチなどもあります。
 タブレットPCの分類で特に大切なのはOSの違いです。使われているOSによって使えるソフトやアプリが限定されるからです。現在、iPadで使われるiOSと検索大手のグーグル社が開発したAndroid、マイクロソフト社のWindows RT、Windows 8などを搭載したモデルが販売されています。異なったOS間では当然ソフトやアプリに基本的には互換性はありませんので、それぞれのOSに対応したアプリが必要になります。今後は教育用のWEBアプリなどが積極的に開発されることも期待されています。

20インチ

主にデザインや設計の分野で活躍。

20インチ

7インチ

片手で操作でき、外出先でも手軽に使える。

7インチ

タブレットPCのOS

●iOS
アップルが開発・提供するOS。iPhone、iPadなどに搭載されている。
●Android
Google社が開発したOS。
●Windows 8
従来のキーボードとマウス操作の他、タッチ操作にも対応したOS。
●Windows RT
特定のPCとPCにプレインストールされた状態でのみ入手できる。
実行できるのは、組み込みアプリとWindowsストアからダウンロードしたアプリのみ。
軽量、バッテリー駆動時間が長いという特徴を持っている。

タブレットPCの教育利用

理科

加熱して変化している状態をタブレットPCで撮影している。動画で撮影しておけば、何度も繰り返し見直すことができ、反応がどのように進行したかをより確実に確認できる。また、その動画を利用してみんなの前で発表するときに利用できる。

体育

跳び箱をとぶ様子を子ども同士が撮影し、その場で課題をだしあう。

説明

タブレットPCでは、子どもたち同士で説明しあうことができます。

 ビジネス利用で先行しているタブレットPCですが、教育利用としてどのような用途が考えられるでしょうか。
 まず、ネットワークにつながっていないスタンドアロンでの利用法では、カメラを活用する方法が考えられます。タブレットPCにはモニター側にあるインサイドカメラと外に向けられたアウトサイドカメラの2種類が装備されている機種も多いです。静止画を撮るだけでなく、動画も撮影でき、その場で確認や再生、削除ができます。この機能を使って、例えば体育の跳び箱の授業で子ども同士が自分の動作を撮り合って課題を見つけたり、理科の実験の様子を記録したり、図工の作品を制作する過程を紹介したりするような活動に使うことができます。教師の教材提示の方法として、また児童生徒の学び合いのツールとしての利用が可能です。
 カメラ以外でも、教育向けのアプリを活用したり、電子書籍を閲覧したりすることにも使えます。計算問題の進級ドリルや、手書き機能を使った漢字練習ソフトなどがあります。著作権をクリアした資料集などはPDF化してそれぞれの端末にインストールして閲覧させることも可能です。また、理科や家庭科などではタブレットPCに各種センサーを接続して、計測機器として使う方法も考えられます。温度・湿度・気圧・ph・電流・電圧・照度など様々なセンサーを使って計測することが可能です。
 タブレットPCがインターネットに接続されるとさらに利用範囲は広がります。まず手元に百科辞典を置いているのと同じように、検索でさまざまなことを調べることができます。検索の方法も、画像検索や地図検索、動画検索など、目的に応じた検索方法を選ぶことが大切です。

タブレットPC導入の注意点

 タブレットPCを導入する時の注意点として、まずどのような学習活動を行うのか活用計画を策定することと、導入のロードマップを描くことが大切です。いきなりすべての児童生徒にタブレットPCを配布することはできません。たとえば、1クラス分40台のタブレットPCの導入が決まったとします。まず、40台のタブレットPCをワゴンに乗せて、利用するクラスへ運ぶ「移動コンピュータ型」の利用が考えられます。次の時間は別のクラスに移動して使います。この方法以外に、40台を分散して、各教室の班ごとに1台程度配布して使う「各班分散型」の利用も考えられます。また、図書室や共有の学習スペースなどにまとめて設置し、必要な児童生徒に貸し出して使わせる「共有スペース設置型」もあります。どの方法を選ぶかは活用計画によって決まるでしょう。少ない台数でも効率よく使えるように工夫することが大切です。導入されるタブレットPCが増えると、フロアごとや学年ごとに利用することが可能になり、ゆくゆくは1人1台の環境をめざします。

1クラス分(40台)を導入した場合の活用

タブレットPC ★移動コンピュータ型
 ワゴンに乗せてクラスへ運び使う。
★各班分散型
 各教室の班ごとに1台程度配布して使う。
★共有スペース型
 図書室などの共有スペースに設置し、必要な時に利用する。

必要な環境整備

 導入に際してどのような環境が必要になるでしょうか。まず最低2本のラインが必要です。ネットワークと電源です。各教室に校内LANが来ていない場合は教室への工事が必要です。設置されている場合は、教室の情報コンセントに無線LANルータを接続して教室のどこからでも無線LANに接続できるようにします。「移動コンピュータ室型」であればワゴンに無線LANルータも乗せておいて、その都度各教室の情報コンセントに差し込むようにすればどの教室でも利用できます。
 電源は、授業中はバッテリーを利用しますが、充電が必要です。タブレットPCを使わないときは保管箱に入れるようにして同時にACアダプタをつないで充電できるようにしておくとよいでしょう。したがって、タブレットPCを効果的に活用するには、教室を無線LAN化するルータと、端末を保管しながら充電する保管箱が不可欠です。
 また、できれば教室に大型のモニターか電子黒板があると便利です。教師の教材提示や子どもたちのプレゼンテーションに利用できます。また、フューチャースクールで行っているように、子どもたちのタブレットPCの画像を大型モニターにいくつも映し出して意見交流をしたり学び合いを行ったりする協働学習にも利用できるからです。
 子どもたちにタブレットPCを与えてもタッチパネルでの文字入力ができるかどうか不安がある、との意見をよく聞きますが、各地の公開授業や私の勤務する大学の附属小学校の子どもたちの様子を見る限り特に問題はなさそうです。というのも、子どもたちに使い方を指導すると、タブレットPCを持ち歩いて友達同士で見せ合ったり教え合ったりして「学び合い」が始まり、たちどころに習得してしまうからです。今まで使い慣れたマウスではなく、指で操作しなければならないので、タブレットPC特有のインターフェースに慣れることが求められますが、むしろそれが求められるのは大人の方かもしれません。
 アプリやソフトなどの揃え方は、導入の前にきちんと計画することが必要です。どの学年のどの教科で、またどの単元のどのような場面で使うのか、計画をきちんと立て、できれば授業の記録として「次」のために残しておくのも大切です。多くの取り組みの中から手応えのあった「定番」の使い方を少しずつ開発し、多くの教科、多くのクラス、多くの学年でこのような定番メニューが定着するようになるときっと本格的なタブレット端末の活用に一歩ずつ近づくことになるでしょう。
 教室の情報環境の整備やタブレットPCの授業活用については総務省がまとめたフューチャースクールの「ガイドライン」に詳しくまとめられているので参照してください。

●総務省|教育情報化の推進|フューチャースクール推進事業

石原 一彦 先生

石原一彦先生岐阜聖徳学園大学・教授

【プロフィール】

【 略 歴 】
1984年  滋賀県小学校教諭
2006年  岐阜聖徳学園大学教育学部助教授
2007年  岐阜聖徳学園大学教育学部准教授
2008年  独立行政法人メディア教育開発センター
     客員准教授 (~2006年併任)
2008年  岐阜聖徳学園大学教育学部教授(~現在)
2008年  独立行政法人メディア教育開発センター
     客員教授(~2010年併任)

【 学 位 】
博士(教育学)

【 主 な 著 書 】
「事例でわかる先生のパソコン」
「新任教師のしごと ― ICT活用の基礎 ・ 基本」
「ようこそ未来の教室へ」 など

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