インタビュー&コラム

Lead Article

清水康敬先生

情報教育で育てる力を あらためて考える

東京工業大学 監事(常勤)・名誉教授
清水 康敬

(2011/04掲載)

 新しい学習指導要領による情報教育が始まり、文部科学省の「学校教育の情報化に関する懇談会」のまとめがされました。また、総務省のフューチャースクール推進事業など、児童生徒1人1台のコンピュータや全ての教室の電子黒板を整備した教育環境での実証授業が始まっています。求められる社会の情報化の急速な進展への対応、そして、このような環境整備が今後推進されることになりますと、“情報教育で育てる力”にも変革が求められていると考えられます。そこで、情報教育のスタートから振り返り、最近の状況を踏まえた上で今後の情報教育で育てたい力について考えてみます。

 

清水康敬先生

情報教育のスタート

 我が国の情報教育は、昭和60年から始まりました。その年に出された「臨時教育審議会第一次答申」の中で、学校教育における情報化への対応の必要性が初めて示され、育成する能力と態度が以下のように記述されました。
 「社会の情報化に主体的に対応できる基礎的な資質を養う観点から、情報の理解、選択、整理、処理、創造などに必要な能力及びコンピュータ等の情報手段を活用する能力と態度」
 これからわかりますように、情報教育は現在の「情報活用の実践力」を中心にした教育からスタートしています。

 

現在の情報教育の目標

 現在の情報教育の目標は、平成9年に出された「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の進展等に関する調査研究協力者会議」の検討結果によります。この協力者会議では、情報教育の基本的な考え方と、体系的な情報教育の内容について整理し、以下に示す3つの能力・態度を育成することを情報教育の目標としました。そして、これら3つの能力・態度を合わせて「情報活用能力」と定義されました。

(1) 課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて,必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力 (以下、「情報活用の実践力」と略称する。)

(2) 情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と,情報を適切に扱ったり,自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解 (以下、「情報の科学的な理解」と略称する。)

(3) 社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し,情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え,望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度 (以下、「情報社会に参画する態度」と略称する。)

 

 この協力者会議の座長としてまとめ役をさせていただきましたが、(1)から(3)までの文章が先に決まりました。私は、このような長い文章では情報教育を推進しにくいと考え、タイトルを付けることを提案しました。しかし、短いタイトルでは意味が変わってしまうとの意見が多くありましたが、最終的に上記のように略称として記述していただきました。このことは、その後の情報教育の推進に役立ったと思います。

 

 

 

清水康敬先生

 

 

 

 

 

 

 

 

※1.ATC21S(Assessment and Teaching of 21St Century Skills) 21世紀型スキル効果測定プロジェクト http://atc21s.org/

略称でなくなった能力・態度と21型スキル

 (1)情報活用の実践力、(2)情報の科学的な理解、(3)情報社会に参画する態度 が、現在では略称ではなく、育成したい能力・態度そのものを意味しているように捉えられるようになりました。長い文章では説明しにくいですので仕方がないと思います。
 ただ、協力者会議で略称を決めたときから若干不安に思っていたことがあります。それは、以下の点です。

●「情報活用能力」の要素のひとつに「情報活用の実践力」があり、両者の違いが用語の上で明確でないこと

●「情報の科学的な理解」ですが、理解だけでは不十分で、理解と実践する力が必要であること

●「情報社会に参画する態度」ですが、参画するために習得することが多々あり、態度だけでは不十分であること

●情報教育の目標を記述しただけでは理解しにくいので、情報教育で育てる力を具体的に列挙した方が良いこと

 

 一方、国際的に「21世紀型スキル」が議論されています。これは、これからの社会で必要な力と、その力の測定法を明確にしようとするものです。ここで、skillを日本語で普通に訳すと、技(わざ)とか技術、技能、技量となりますが、「21世紀型スキル」で求めているスキルはもっと大きな意味の「能力」を持っています。能力は英語ではcompetencyが使われますが、competencyは必要最小限の能力を意味しているとのことです。能力にはcapacityという英語もありますがこれも意味がしっくりしないことなど、英語に適切な単語がないとのことからskillを使っているようです。したがって、「21世紀型スキル」とカタカナで表現することが良いと考えています。ATC21S※1 のWebサイトによると「21世紀型スキル」には以下の力が示されています。

●思考の方法…創造性と革新性、批判的思考・問題解決・意思決定、学習能力・メタ認知

●仕事の方法…コミュニケーション、コラボレーション(チームワーク)

●学習ツール…情報リテラシー、情報コミュニケーション技術(ICT)リテラシー

●社会生活…市民権(地域および地球規模)、生活と職業、個人的責任および社会的責任


 このように、「21世紀型スキル」には前述の情報教育で育成する力が多く含まれています。したがって、今後の情報教育を検討する際には、この点を考慮する必要があると思います。 

 

 

 

 

これからの情報教育で育てる力

 前述した状況からしますと、我が国の情報教育についても見直す時期かと思います。しかし、新しい学習指導要領では平成9年の協力者会議でまとめた情報教育の目標はそのまま継続されることになりましたので、今後およそ10年はこの目標に基づいて情報教育が実施されることになります。
 ただ、今後さらに情報教育を発展させるためには、情報教育で育てたい力を明確にする必要があると考えています。従来の経験を踏まえて考えますと、以下のように育てたい力を定義したいと思います。これらは、従来の継続性と力の明確化を踏まえています。

(1)情報を実践的に活用する力

・自ら課題を設定し情報を収集する力

・情報の客観的判断を伴う思考と情報を統合する力

・受け手の状況を踏まえて情報を発信する力

(2)情報を科学的に扱う力

・情報に関する技術を理解し活用する力

・基礎的な理論と方法を理解し情報を適切に扱う力

・自らの情報活用を科学的に評価・改善する力

(3)情報社会に参画する力

・社会における情報と情報技術の役割・影響を理解した上で情報を扱う力

・情報モラルの習得と情報に対する責任を果たす力

・情報ツールの特性を理解し望ましい社会の発展に寄与する力

 なお、前述のように、今後、児童生徒1人1台のコンピュータの時代になることが予想されますが、その前に、ほとんど全ての子どもが携帯電話を持つ時代が来ることは間違いないと思います。そのような環境を想定した情報教育の在り方についても今から検討する必要があると考えています。このように、時代の変化を予測して情報教育で育てる力を検討していく継続的な検討体制と実施体制の確立が求められています。

 

清水 康敬 先生 プロフィール

清水康敬先生東京工業大学
監事(常勤)・名誉教授 工学博士

【略 歴】

1940年長野県生まれ。
66年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。
71年工学博士(東京工業大学)。72年米国ブルックリン工科大学留学。
主に電波吸収体や電磁シールド等の研究、水晶基板を伝搬する
弾性表面波の研究、ならびに情報コミュニケーション技術を活用した
教育研究に従事。99年文部大臣賞受賞。2000年郵政大臣表彰。
現在、東京工業大学 監事(常勤)・名誉教授。

 

関連Web

ICT活用による“確かな学力”の向上
/清水康敬

 

スズキ教育ソフト