学習指導要領の変遷と技術科
これまで学習指導要領の中学校 技術・家庭科<技術分野>(以下技術科)は時代の流れに合わせて大きく変化してきました。技術科の前身の職業科の頃は“職業教育”の位置づけ。その後“近代技術”へ変化し、家庭科との関係もあり次第に“生活技術”へとシフトしてきました。情報には
“情報基礎”、“情報とコンピュータ”として対応してきました。
“生活技術”には“家庭内での生活”と“社会生活”と二つの意味があると捉えますが、多くの学校では家庭で役立つということが強調され過ぎ、“家庭生活”という狭い意味としてだけ捉えられていないのではと考えます。「日曜大工やパソコン教室ではないか」といった批判にもつながっています。しかし、平成20年3月告示の新学習指導要領では、これまでの“生活技術“から教科観の転換が図られたと考えています。今回改訂のポイントはこの教科観の転換であり、過去の最大の質的変化ではないでしょうか。
教科観の転換と「教養としての技術」
“教科観の転換”をもう少し説明しましょう。これまで単に出来るとか使えるとか、ハウツー的な話に傾きがちだった技術の学びを、社会につながる技術として捉え直し、再構築しようとしていると考えます。全ての生徒達に必要な“教養としての技術”として言い換えてもいいでしょう。“教養としての技術”を学ぶことは、社会における様々な課題を技術的に解決する方法の基礎を学ぶことであり、社会を支えてきた技術という文化を学ぶことです。これは今回の改訂において、技術を評価・活用できる能力、社会と環境の関わり、勤労観、知的財産などが盛り込まれていることからも読み取れるでしょう。
“教養としての技術”の学びとしては、今まで多く見られた“工芸的な作品”製作の学習から、“社会を意識した製品”製作の学習に重点をおき、例えばコスト、安全性、廃棄、現実の技術等の要素も考えさせながら授業を進めていく必要があるでしょう。しかし、実はこれら内容は現在の教科書にも既に多くが盛り込まれています。全く新しいことを始めるわけではないのです。
社会を意識した技術の学びとは
例えば、本立て製作において“ものづくり”体験は大事ですが、言うまでもなく、作ることだけが目的ではありません。従来からも言われていたように、条件に応じた設計、最適な構造、段取り、加工技術等を学ぶ手段として本立て製作があることを再確認する必要があります。“本立てを”教えるのではなく、“本立てで”社会とつながる技術を学ばせるのです。もちろん、従来からこうしたことを意識されていた先生にとっては“教養としての技術”とは新しいものでも難しいものでないでしょう。
社会を意識した技術の学びの例が“相手の製図”です。製作品の基本構想案を、ペア等で相互に交換します。そして、相互に議論しながら、相手の目的、条件に応じた最適な設計を考案し、製図をします。製図自体は従来と何ら変わらないのですが、“相手のために”製図を書かせると、取り組みが驚くほど変わります。簡単な仕掛けですが、生徒達に“技術の言語“としての製図が実感され、技術に対する見方を変えられます。技術としての言語活動とも言えるでしょう。社会を意識した技術の学びとは、必ずしも高度な実践だけではありません。相手や社会を意識した仕掛けさえできれば、従来の題材であっても、新しい学びに展開でき、“教養としての技術”の授業として実践できるでしょう。ポイントは、先生方自身の教科観が転換できるかということです。
技術科内容構成の変化とこれからの実践
新学習指導要領ではこれまでの「技術とものづくり」「情報とコンピュータ」の2構成から、「A 材料と加工に関する技術」「B
エネルギー変換に関する技術」「C 生物育成に関する技術」「D 情報に関する技術」の4構成になりました。この構成は、社会の中で活用される典型的な技術を学ぶ構成だと考えます。「D
情報に関する技術」では、コンピュータの基本操作習得が小学校段階に移されました。中学校段階では、これまで説明した新しい教科観に沿った技術科本来の学習を展開する必要があります。
各校で課題となるプログラムによる計測・制御に関わっては、スズキ教育ソフトさんでも安価なロボット教材を出していますね。ロボット自体は簡単ですが、その技術が生活や社会でどのように活用され、これからどう使っていけばいいか等の内容がプラスされれば、簡単な教材でも社会を意識した学びに展開可能でしょう。もちろん、限られた時間の中で展開する大変さはよく分かります。しかし、制約条件の中で最適解を求める技術を教えられる先生方には、限られた中で最適解の授業、教材をぜひ生み出していただきたいと考えます。そして先生方が相互に連携・協同し合うこと。そこからしか技術科の明るい未来は生まれてこないでしょう。私も先生方と共に技術科の未来を創りたいと願っています。
村松浩幸 先生 プロフィール
信州大学 教育学部 准教授
1964年長野県生まれ。長野県中学校技術科教員から三重大学教育学部を経て、2007年より現職。専門は技術科教育学で著作や論文も多数。技術科教育における知財学習が現在の中心テーマ。技術の教材集「ギジュツドットコム」を運営すると共に、各地のロボットコンテストの審査や特許庁の報告書コンテスト審査員なども担当。
関連Web
文部科学省-「新しい学習指導要領 第2章 各教科 第8節 技術・家庭」
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