社会のICT環境
まず、社会におけるICT環境力について考えてみましょう。生活や社会活動には、すでにICTが浸透し、それらが活用されています。携帯電話や地上デジタル放送の普及などはその一例です。これらが有効に働いているのは、インフラが広く整備されてどこでも利用できるようになっていることをはじめ、多くの人が利用していることや、互いに教えあって活用を高めること、社会全体で推進する体制になっていることなどが考えられます。それに伴い、必要な情報の入手や、思いや考えを相手に伝えるコミュニケーションの場面でも、ICT機器を多用するようになっています。
その中で子どもたちは、それらの環境に親しみながら生活し、当然のようにICT機器を使いこなして、情報の収集や発信を行っています。一部では、ICT機器を活用することで、必要な知識の習得や技能の向上にも役立つような使い方も行われています。
コンピュータなどの情報機器の活用は、情報の共有はもちろんのこと、B to BやB to Cなどのコミュニケーションの道具としても有効に働いています。買い物をする場合でも、店頭に出向いて買い物をすることだけでなく、テレビショッピングやインターネットを利用した通信販売の利用など、ICT活用の場が広がっています。もちろんそこには危険や落とし穴なども存在し、それらに対応できる力をつけることも必要です。しかし、いずれにしてもICTが活用できる環境が整備され、その環境力が向上してきていることは実感できていると思います。
学校のICT環境力
教育の現場ではどうでしょう。職員室や教室にコンピュータなどが導入され始め、いろいろな情報やデジタル教材を授業で利用することや、情報発信の道具の一つとしてICT機器を利活用することが少しずつ浸透し始めています。また、先進的な学校では、積極的にICT機器を活用することで、楽しく分かりやすい授業をはじめ、子ども達の基礎学力の向上などで着実に効果を上げていることも確かです。
しかし、その効果的な使い方は理解できても、授業での実践に一歩が踏み出せないで、躊躇してしまう場合があります。また、校務の情報化が遅々として進んでいないという実態もあります。それはなぜでしょう。その原因としては、系統的な研修の機会が少ないことや、研修の時間がとれないこと、さらにはせっかく身につけた手法を実践するための環境が学校に整っていないことなどが考えられます。
私たちの調査では、研修が足りないと感じている教員だけでなく、授業での活用法は身についたが、学校での利用環境が整っていないという教員が増え始めているということが分かってきました。
そこで、平成19年度の先導的教育情報化推進プログラムに採択された「教員のICT活用指導力向上のための形成的な評価方法の開発と実用化」研究グループにおいて、「教員のICT活用指導力規準表」を開発し、25項目に及ぶ教員の研修カリキュラムを作成しました。
それらの中から、2006年度末に文部科学省から発表された「教員のICT活用指導力のチェックリスト」に基づいた研修内容をピックアップした研修カリキュラムを策定し、研修テキストをはじめ研修用教材の整備を始めています。そして、これらの研修で身につけたICT活用指導力を学校現場で発揮するための「学校のICT環境力」に関する基準表の策定の準備を進めています。
先に述べたように、「学校のICT環境力」には、インフラや組織、専門家や地域との連携、そしてマネジメントなどの要素が考えられます。インフラについては、みなさんもご存知のように、教室やコンピュータ教室へのコンピュータの整備をはじめ、教員ひとりに1台ずつのコンピュータの配置が進められているところです。
インフラの整備については、予算が伴いますので、私たち教員が頑張りようの無い部分かもしれません。しかし、学校組織全体での情報化の推進については、これらを推し進めていく学校経営者のマネジメントと、それに協力する教員ひとり一人の努力がポイントとなってきます。意識して情報化に取り組むことはもちろんですが、そのための技術を身につけること、互いに連携して進めることなども必要な要素となってきます。これまでの調査でも、コンピュータなどの情報機器に精通した教員だけに任せるのではなく、学校全体で取り組むことが必要だという意見が多く出てきています。
一方で、「マネジメント」や「努力」という目に見えない評価しにくいものだけに頼っていては、教育の情報化を推し進めることは難しいということも確かです。そのひとつが、仕事を支えるソフトウェアです。
学校のICT環境力を高めるソフトウェア
学校には、情報を共有化することで整理できる仕事がいくつもあります。例えば、児童生徒に関する情報の一元化などがその代表的なものです。しかし、そこには個人情報をはじめ、大切に取り扱わなければならない情報があり、コンピュータを使ってやり取りすることで危険にさらされる危惧や、取り扱いの難しさからくる処理の煩雑化などの不安が付きまといます。情報の共有化という理解の下で、ファイル交換ソフトの一種をネットワークに接続されたコンピュータに導入したことにより、大切な情報が流出した事件などは、その危惧を現実のものとした事例です。
学校における様々なデータの取り扱いに関するルール化や、大切な情報の処理を支援するソフトウェアを慎重に選択することで、コンピュータなどの情報機器を安全に利用することができるようになってきます。インフラの整備を行う上では、コンピュータやネットワークの性能やセキュリティに配慮することはもちろんですが、利用するソフトウェアについてもその信頼性や利便性を吟味して選択することが必要になってきます。
校務の情報化の推進
学校における事務処理や教務処理をはじめ、さまざまな情報に関する取り扱いがコンピュータなどの情報機器を通して行うようになっていくことは、すでに避けて通ることはできない段階にきています。
そう考えると、少しでも早い段階で、身の回りにある教育に関連した様々な情報をどのように整理し、取り扱っていくのか、そしてセキュリティ対策や安全な利用に向けた方法の確立などにどう取り組むのかなどについて考えていくことが大切です。誰かがやってくれると言うことではなく、自分たちはどう取り組むのかという姿勢が必要な時期にきています。
具体的には、いつも「煩わしい」と感じている事務処理、例えば何度も作成する名簿や次々と配布される文書の整理、テストごとの成績処理など、これらを校内で標準化することや、ルール作りをすることで処理に要する時間や手間を軽減できます。また、前任の担当者の事務処理手順や文書を引き継ぎ共有できれば、そこにも時間の余裕が出てくる可能性があります。そして、その時間を児童生徒への指導や、教材の準備、自己の研鑽に割り振ることが可能になってきます。
一般に、新しい環境を組織に導入する場合、最初はその内容や処理手順に慣れないため、時間を要する場合や、煩雑だと感じることがありますが、慣れることや改善することで時間の短縮につながってきます。
校務の情報化についても同じことが言えるかもしれません。処理時間の短縮や、情報の共有化によって、空いた時間や児童生徒に関する情報を有効に利用して教育活動を行えるようにすることが、教育の情報化のポイントの一つです。教育の情報化のひとつの要素である「校務の情報化」を支援する良質のソフトウェアを選択し、一日も早く取り組む決断を望みます。
なお、文中で紹介したプロジェクトは3年計画で進めています。まだ皆さんに提示できるものは多くありませんが、次のサイトで公開を始めていますのでご参照ください。
原 克彦 先生 プロフィール
目白大学 社会学部 メディア表現学科 教授
略歴
昭和51年 大阪教育大学経理部経理課 事務補佐員
昭和52年 尼崎市立尼崎北小学校 事務職員
昭和56年 尼崎市立杭瀬小学校 教諭
昭和62年 尼崎市立教育総合センター 教育工学係 指導主事
平成1年 尼崎市教育委員会事務局総務部総務課企画係 指導主事
平成3年、平成3・4年度 鳴門教育大学・学校教育研究センター客員研究員 園田学園女子大学 情報教育センター 講師(主幹兼務)
平成7年 園田学園女子大学 情報教育センター 助教授(主幹兼務)
平成16年 目白大学 人間社会学部 メディア表現学科 教授
専門分野
情報教育、教育工学
主な研究テーマ
小学校段階からの情報教育の内容と教材の開発、発達段階に応じた情報モラルの内容と指導法、日常的なe-learningのためのシステムと教材開発、教育の情報化に必要な教員の情報活用能力 など
日本教育工学協会会長、日本教育工学会監事のほか、県内外のコンピュータ利用教育に関する各種委員、情報基盤整備に関する審議委員なども務める。
関連Web
今、段階に応じて利用できるツールが求められています。
/原克彦