インタビュー&コラム

Lead Article

「IT新改革戦略」が描く、校務の情報化と
これからの学校の姿

富山大学理事・副学長
山西 潤一

(2007/12掲載)

IT国家戦略
“IT新改革戦略”と“教育の情報化”

 IT新改革戦略のもと2006年度以降の新たな教育の情報化が始まった。2006年度以降のステージ2では,より一層の基盤整備や高度なICT活用を目指している。教育の情報化は主に3つのことを目標に進められている。一つは,教科指導におけるICT活用による学力向上である。よくわかる授業にするための教育方法の工夫の一つとして,ICTを活用しようとするものである。 もう一つは,時代が求める新しい能力の育成としての情報教育である。情報手段を活用して問題解決をする情報活用の実践力、情報化社会を支える科学や技術についての理解を深める情報の科学的な理解、情報モラルなどの情報社会に参画する態度の育成といったことが含まれている。最後に、校務の情報化がある。実態調査によれば日本の教員は、1日平均約11時間も勤務しているという。校務の情報化によって、教員にゆとりを持たせ、子どもに向かい合う時間を増やすというものだ。
 学校におけるICT環境の整備状況については、当初の目標を下回っているのが現状である。校内LANの整備は概ね100%の目標が、2007年3月時点で56.2%の整備率である。コンピュータ1台あたりの児童生徒数は、2005年度までに5.4人、2010年度までに3.6人に一台の整備が目標であるが、2007年3月時点で7.3人に一台に留まっている。 ICTを活用して指導できる教員の割合も80%弱である。従来曖昧であった、このICTを活用して指導できる基準(下記参照)が、2007年3月に新たにABCDEの5つの領域からなる18のチェック項目で明確にされた。

「教員のICT活用指導力の基準」(文部科学省)
で示された各領域

A 教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力

B 授業中にICTを活用して指導する能力

C 児童生徒のICT活用を指導する能力

D 情報モラルなどを指導する能力E 校務にICT を活用する能力

 これにより、教員が自己チェックしやすくなった。この基準で初めて実施された調査結果によれば、Bの「ICTを活用して指導を行う能力」や、Cの「児童生徒にICT活用を指導する能力」が50%前後と低かった。また、教員にゆとりを持ってもらうための校務の情報化への活用も同様で低い値に留まっている。学習指導や校務処理の改善へ、より一層の工夫が求められる。

 

喫緊の課題である
“教員1人1台のコンピュータ整備”

 先のIT新改革戦略の中で、教育の情報化の実現施策として、2010年までに全ての公立の小中高等学校等の教員に一人一台のコンピュータを配備し、校務処理や家庭・関係機関との情報交換等、校務の情報化を積極的に推進するという。そもそも、校務に使うコンピュータを個人所有のコンピュータに依存している現状の方が異常なことだ。一般企業では考えられない。行政機関でも一人一台のコンピュータを前に、それぞれの業務をこなしている。個々の業務処理が今やネットワークを介して関連し、職場の内外との情報共有 や情報処理がシームレスに行えるのが当たり前だ。この結果、仕事をする側も、サービスを受ける側にとっても効率的で迅速なサービスが行き渡り、質も高い。学校だけがこの当たり前が実現されていないのが不思議である。
 2006年3月現在、33.4%の整備率で、約90万人の公立学校教員の約53%、50万人が個人所有のコンピュータを学校で使用しているという。情報セキュリティや個人情報保護の観点からみても極めて問題である。
 情報教育先進国の英国では、教員は一人一台のコンピュータを配置され、日々の出席管理のみならず、児童生徒の学習履歴、生活や行動履歴に至るまで管理共有し、教育指導に役立てられている。また教科指導にすぐ役立つ教材ソフトやワークシートのような学習補助教材の共有化も進んでいる。当然、学校ごとのシステムではなく、地域レベルでシステムが共有され、子どもの成長とともに情報が関係機関に共有されるし、校務文書にしても極力フォーマットが統一され、教員の負担が軽減されるよう配慮されている。
 授業、学級指導、校内研修、校務分掌と日々忙しく働いている教員にとって、校務の情報化は、時間的ゆとりを生み出し、生徒とのふれ合いや自己の研修を充実するための手段になる。しかし、情報化によって、多忙感が増えたという教員も多い。森岡幸二氏は、その著書「働き過ぎの時代」で、米国ビジネス社会の現状から、電子メール、携帯電話、ポケベル、電子手帳などの情報ツールが作り出したのは、ビジネスの24時間週7日体制。これらのツールがなければ社員は会社の期待に応えることが出来なくなってきて、家庭も出先も職場になったという。その結果、労働時間が増えた、友人や家族と過ごす時間が減った、所定の労働時間以外も働いているという人が増えているそうだ。
 全くその通りと同感している場合ではない。校務の情報化がビジネスの情報化と同じようになってもらっては困る。大事なことは仕事の効率化と共に、スピード化で要求される時間感覚の歪みを是正し、時間管理を徹底することである。公と私の時間管理の曖昧さが、時間的ゆとりだけではなく、心の余裕も失ってきている気がしてならない。その意味では、ほとんどの教員が個人のノートパソコンを学校に持ち込んで処理している現実は望ましくない。教員一人一台のコンピュータ配備の実現に期待したい。

 

“効率的な校務処理”の先にある
“校務の情報化”本来の目的

 さて、校務の情報化は、あくまで効率的な校務処理とその結果生み出される校務処理の質の改善、教員のゆとり確保にある。ここで、校務情報化のための情報システムやネットワークを構築することが求められるが、最も重要なことは、教員一人一人が、情報化することによって何がどう便利になり、どのように質的改善が行われるのかの意識を日常的に持つことである。校務処理の中で、どのような情報が流れ、どのように管理され、誰がどこまでの責任を持つのか。また、校務の中での共有化や協同作業の利便性や問題等について、日頃から考えておくことである。システムが導入されれば問題が解決するのではなく、問題を解決するためにシステムを導入するという意識が重要である。
 校務の情報化のみならず、教育の情報化の推進には管理職の役割が極めて重要である。
 情報教育先進国の英国では、管理職のための戦略的ICT研修が行われてきた。既に40%近い校長がこの研修を受け、ICT活用による学力向上や組織マネージメントの推進を自ら先頭に立って進めている。教員一人一人の情報活用能力のみならず、管理職の情報化が教育改善に役立つという意識が、その推進の原動力である。勿論、その結果として、教育改善効果の高い学校には、ICT利活用の優秀さを顕彰するICTマークが認証機関から付与され、財政的支援も行われている。
 我が国の教育の情報化も第2フェーズに入り、今まで以上に安全で安心な情報共有システムの構築が求められるなか、誰のための何のための情報化か今一度考える必要がある。教師自らのための学校改善であり、それはとりもなおさず時代を生きる子どもたちのためであることは言うまでもない。

 

山西 潤一 先生 プロフィール

富山大学理事・副学長

【略歴】

1950年富山県に生まれる。
1978年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了、工学博士。
1982年富山大学教育学部付属教育実践研究指導センターに講師として着任。教育工学や情報教育の研究を始める。
1992年富山大学教育学部情報教育課程教授。
1998年富山大学総合情報処理センター長。
2002年富山大学評議員。
2003年富山大学教育学部長。
2007年富山大学理事・副学長に就任。

日本教育工学協会会長、日本教育工学会監事のほか、県内外のコンピュータ利用教育に関する各種委員、情報基盤整備に関する審議委員なども務める。

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