長野県佐久市にある、もう一つの"五稜郭"
左:校長 砥石 順一 先生
右:教頭 臼井 富健 先生
ほとんどの人は、「五稜郭」といえば函館の五稜郭を思い浮かべるだろう。しかし、もう一つ長野県佐久市に「龍岡城五稜郭」と呼ばれる五稜郭がある。規模は函館五稜郭の四分の一ほどだが、五角形の星形は同じ。函館五稜郭の約3年後1867年の完成と伝えられているので、ほぼ同時期の築城だ。城郭は住宅や田畑に囲まれた静かな環境の中にあり、周囲を散策すると、優れた造形美を見せるお堀の石積みや黄色い花を咲かせる水生植物を見ることができる。
この五稜郭の中にあるのが今回訪問した佐久市立田口小学校。近くのお寺にあった藩校が始まりで1875年に現在の城郭内に移転したとのこと。140年超の歴史を誇る。
正面の「大手門」から中に入ると、右前方に大きな瓦屋根と白壁の木造建造物が目に入る。校舎として使われたこともある「お台所」と呼ばれる建物で、築城当時を偲ぶ唯一の文化財として残されている。
ふるさとの大切な文化財を、自分たちの手で管理
「大手門」にかかる「大手橋」。子どもたちはこの橋を渡って"お城に"通学する
築城当時の面影を残す唯一の建物「お台所」。歴史的な資料が多数展示されている
貴重な文化財を身近に感じる田口小学校では、ふるさとを愛し、ふるさとに学ぶことを大切にしている。それが「お台所掃除」や「五稜郭クリーン作戦」と呼ばれる活動につながっている。「お台所掃除」は月に一度、子どもたちが「お台所」を清掃する活動。美しい輝きを放つ床は、子どもたちの熱心な水拭きのおかげだ。この清掃活動は、長年受け継がれ「私もやりました」と、なつかしそうに話す保護者も多いという。
周りを見回すと「お台所」だけでなく五稜郭全体がとてもきれいに掃除されていることに気づく。JRC(青少年赤十字)委員会を中心に、子どもたちが率先してゴミ拾いをしているのだ。
「普段から観光客がいっぱい来るので、きれいにしておかなくては」と児童会の谷口裕仁君は活動への思いを語ってくれた。国指定の史跡に建つ学校だからこそ、毎日のように訪れる見学者を迎える心遣いが、子どもたちの心に根付いているのだろう。
校長の砥石順一先生は、「子どもたちは『自分たちの手で文化財を管理している』という意識を持っているようです」と話してくれた。「五稜郭は、史跡としての存在やその背景にある文化など、様々な面から子どもたちに考えて行動することを学ばせてくれる非常にありがたい存在です」と続ける。
常に子どもたちの心にある五稜郭。同じく児童会の安野菫さんは、「日本に2つしかない五稜郭に通えて、うれしいです」と笑顔を見せる。「五稜郭にある学校に通っている」という思いは子どもたちの「誇り」であり、田口小学校に通うことが地域の人たちにとって一種の「憧れ」にもなっているとのことだ。
広がりを見せる「青少年赤十字」の精神
「お台所」を掃除する子どもたち。田口小学校では、「しじみ掃除」(しずかに じっくり・時間いっぱい 見つけて)を実践している
児童会の安野さんと谷口君。投票数が同数だったため前期・後期で会長と副会長が交代する!
龍岡城五稜郭を築いたのは、徳川時代に陸軍総裁や老中などの要職を歴任した大給恒(おぎゅう ゆずる)。大給は、日本赤十字社の創設者の一人として知られ、その縁もあって田口小学校では「青少年赤十字」の活動が盛んだ。掃除に一生懸命取り組むのもその活動の一環だが、今のように力を入れるようになったのは、子どもたちの自発的な活動が始まりとのこと。
「掃除をして学校をより良くしようとしたのは、子どもたちの方なんです」と、砥石校長は振り返る。ある日、校長講話で6年生がしっかり掃除する姿を取り上げ「全校に広まればいいね」と話した。それがきっかけで、先生も含めた全校をあげての「膝つき掃除」をするようになった。さらに、上級生は自発的に下級生に掃除の仕方を教えているという。
掃除を中心にした子どもたちの活動は、今では学年をまたいだ「集団遊び」「あいさつ名人」などに広まっているということだ。
田口小学校の子どもたちは、ふるさとの大切な文化財「龍岡城五稜郭」を自分たちで守り、ふるさとの偉大な先人の教えを受け継ぎ、日々の生活のなかで実践している。
長野県 佐久市 「ひとくちメモ」
佐久市は、自然豊かで晴天の日が多く、夜には満点の星を楽しめる。小惑星探査機「はやぶさ2」とも交信している「臼田宇宙空間観測所」は、同市臼田地区にある。パラボラアンテナの直径は64m!